(112) ファーリンゲティとシティ・ライツ書店

[2021/3/6]

村山新治の訃報が載った2月25日付『産経新聞』の「おくやみ欄」のすぐ横に、あるアメリカ詩人の死去が報じられていた。調べてみるとこの詩人の記事は24日から26日にかけて、各地方紙にも同じ共同通信の配信記事が掲載されている。その人の名はローレンス・モンサント・ファーリンゲティ(1919年3月24日〜2021年2月24日死去 享年101)だ。詩人としてばかりでなく、サンフランシスコにいまもある、書店であり出版社の「シティ・ライツ書店」の経営者としても知られた人だった。ファーリンゲティは1953年、サンフランシスコでシティ・ライツ書店を開業した。シティ・ライツ書店はビート・ジェネレーションの「発信地」となり、「溜まり場」ともなる。ここに出入りするひとりにジャック・ケルアック(1922〜69)がいた。ケルアックは1957年に『路上』(On the Road)を出版して一躍アメリカ文壇の寵児となる。『路上』の邦訳は、福田実によって1959年に河出書房新社から〈世界文学双書〉の1冊として出版された。当時の著者名の表記は「ジャック・ケルーアック」だった。同書は1983年には河出文庫に収められた(この時、人名表記は現在の「ケルアック」となる)。

  

初訳からおよそ半世紀後の2007年、青山南による新訳が刊行された。それが、河出書房新社の〈世界文学全集〉に入っている『オン・ザ・ロード』である。その後、この新訳本も2010年に河出文庫に入る。
『オン・ザ・ロード』(『路上』)を出版したあと、マスコミにもみくちゃにされたケルアックは執筆活動もままならず、麻薬や過度の飲酒生活に溺れる。一方で、バロウズ、ギンズバーグ、スナイダーなどが次々と世に出てくる。そんなケルアックを見るにみかねて手を差し伸べたのが、シティ・ライツ書店の経営者で詩人のローレンス・モンサント・ファーリンゲティだった。「わたしのビッグ・サーの別荘に行って、創作に専念しないか?」
1960年の夏、ケルアックはファーリンゲティに連れられてビッグ・サーに向かう。ファーリンゲティが帰ったあと、その小屋に数週間(6週間とも)ひとりで過ごす。そこでの体験をケルアックは62年に『ビッグ・サー』(Big Sur)という作品を発表する。
実は、この『ビッグ・サー』は新宿書房が翻訳出版している(渡辺洋+中上哲夫訳、1994年)。そして同書は2000年に、改題・改装し、『ビッグ・サーの夏――最後の路上』としてふたたび刊行した。ちなみに同書では「ファリンゲティ」と表記している。


『ビッグ・サー』の初版のカバー

ビッグ・サーはサンフランシスコから太平洋岸沿いにモントレー(あの「モントレー・ジャズ・フェスティバル」の場所だ)を越えてさらに南下したところにある州立の公園の一帯をさす。ここはいまや有数の観光スポットのようだ。この一角にはヘンリー・ミラーなどが住んだいわば「文芸村」エリアがあった。ファーリンゲティの別荘(小屋)はその中にあったのだろうか。『ビッグ・サーの夏――最後の路上』の中で、ファーリンゲティはモンサントという名前で登場する。
当時の新宿書房の編集部には、訳者のひとりである渡辺洋さんと親しい編集者Mさんがしばらく在籍していたこともあり、かれらふたりの企画・編集でケルアック関連の翻訳書を何冊か出版した。また、ケルアックに並行して、パンク作家のチャールズ・ブコウスキー(1920〜94)の翻訳も手がけた。

[1950年代アメリカ・オルタナティヴ文学の旗手 ジャック・ケルアックとビート・ジェネレーション]

ハートビート――ビート・ジェネレーションの愛と青春』(キャロリン・キャサディ、1990)
トレインソング――コロラドからメキシコ、ヨーロッパへの旅』(ジャン・ケルアック 、1990)著者はケルアックの娘。
『ビッグ・サー』(ジャック・ケルアック、1994)
  →改題・改装版『ビッグ・サーの夏――最後の路上』(2000)
孤独な旅人』(1996)
  →他社の文庫化『孤独な旅人』(河出文庫、2004)
ジャック・ケルアックのブルース詩集』(1998)

[パンク作家・チャールズ・ブコウスキーの本]
『ホット・ウォーター・ミュージック』(1993)
  →改題・改装版『ブコウスキーの3ダース――ホット・ウォーター・ミュージック』(1998)
ブコウスキー詩集』(1995)
モノマネ鳥よ、おれの幸運を願え』(ブコウスキー詩集②)(1996)
『ブコウスキーの「尾が北向けば…」―埋もれた人生の物語』(1998)
  改訂新版『ブコウスキーの「尾が北向けば…」―埋もれた人生の物語』(2001)

この『ビッグ・サーの夏――最後の路上』は映画化(原題:BIG SUR)されている。ファーリンゲティ、ニール・キャサディ、キャロリン・キャサディ(『ハート・ビート』の著者)がこの映画でどのように描かれているか、とても興味がある。

参考サイト:
https://en.wikipedia.org/wiki/Jack_Kerouac_Alley
https://eiga-movie.com/映画/big-sur/
https://ja.wikipedia.org/wiki/オン・ザ・ロード_(2012年の映画)
https://eiga.com/movie/78586/