(63)100年前のパンデミック、「スペイン風邪」
[2020/3/20]

新型コロナウイルス、正確には「SARSコロナウイルス-2」あるいは「SARS-CoV-2」といい、この新型コロナウイルスによる肺炎などの感染症を「COVID(コビッド-19)という。この新型コロナウイルスの「世界的大流行 (パンデミック)」(2020年3月11日にWHOはパンデミックを宣言)が、いつ終息するかは誰もわからない。既存の薬剤で対応できるのか、あるいは新たな抗ウイルス薬や予防ワクチンを開発するにしても、かなりの時間がかかるだろう。3月17日現在、感染者数は130以上の国・地域で計16万人、死者は約6600人となった。
2020年1月20日、中国の武漢から始まったこの新型コロナウイルスの感染の推移を見るとだれもが、102年前に起きた「スペイン風邪(かぜ)」のことを思うにちがいない。
「スペイン風邪」と日本では定着した表記(『広辞苑』『大百科事典』『新明解国語辞典』など)だが、「かぜ」ではない。正式には「スペイン・インフルエンザ」、英語の表記では「1918 flu pandemic, Spanish Flu 」と呼ばれ、インフルエンザ流行史上で最悪の災厄をもたらした。
1918〜1919年のパンデミック、「スペイン・インフルエンザ」では、当時の世界人口約20億人の三分の一が感染発症し、2000万〜5000万人(やや大雑把な数字だが、他の資料では2000〜4500万人、あるは2500万人、5000万〜1億人以上とまちまちだ)が死亡したと推計される。1914年から1918年まで、ヨーロッパ中心に起きた第一次世界大戦がこの「スペイン風邪」の温床だ。
「スペイン風邪」の最初の発生場所は1918年3月4日、アメリカのカンザス州にあるファンストン陸軍基地内にある新兵訓練所といわれている。アメリカは当初、この第一次世界大戦には参戦せず、中立を外交方針としていたが、ドイツの無制限潜水艦作戦によって自国の商船を撃沈されたため、1918年の春から欧州に多数の兵士を送った。こうしてアメリカ軍の参戦によって「アメリカ風邪」は、ヨーロッパから世界中にばらまかれることになった。「スペイン風邪」が別名「軍隊病」と呼ばれるのは、西部戦線で展開された塹壕(ざんごう)戦に起因するといわれる。若い兵士たちが塹壕の中に何日も何週間も閉じこもり、その結果感染したのだろう。
このパンデミックは軍艦・船舶による兵士の移動から、塹壕作戦や軍隊が進軍し、占領・駐屯する都市や農村から、町に出た兵士と民間の一般人との濃厚接触から、一気に広まっていった。
ではなぜ、アメリカから発生したこの「風邪」が第一次世界大戦では戦争に参加しなかったスペインの名前をわざわざ冠した「風邪」になったのか?スペインはこの第一次世界大戦ではヨーロッパのなかで数少ない中立国であった。そのため戦時国の厳しい戦時報道管制の外にあり、最初にこの病気のことを世界に発信した(できた)のがスペインだった。それで「スペイン風邪」という名前がついた。もちろん、スペインも無傷ではなかった。800万人もの人が感染したという。いわば、情報の隠蔽が、この疫病を世界的に流行させたわけである。
1918年8月に第一波の流行は収まったもの、9月に第二波が再流行。その後3カ月の間にヨーロッパから全世界へと瞬く間に拡大した。ドイツが降伏したのは1918年11月。第一次世界大戦での戦死者は1000万人に対し、スペイン風邪の死者は前述のように、その2倍から5倍にも達した。
この「スペイン風邪」、日本にはいつ上陸したのだろうか?1918年(大正7)の春に横須賀軍港に停泊中の軍艦から患者が発生し、そこから横須賀市、横浜市へとひろがった。当時、スペイン風邪の俗称は「流行性感冒(はやり・かぜ)」であった。日本内地(人口5600万人)、日本統治下の朝鮮(同1730万人)、同台湾(同365万人)の合計7700万人のうち、74万人の死者(日本45万人、朝鮮23万人、台湾5万人)が出たという。
平凡社が1963年に刊行を始めた「東洋文庫」シリーズ(デジタル権は小学館のサイト「ジャパンナレッジ」に売られている)。この東洋文庫のなか(778巻)に『流行性感冒 「スペイン風邪」大流行の記録』(内務省衛生局編、2008)がある。原著は1922年(大正11)3月に刊行されている。これには、①1918年8月〜1919年7月、②1919年8月〜1920年9月、③1920年8月〜1921年7月、の3回の流行が記録されている。同書によれば、1919年1月、内務省衛生局は「流行性感冒予防心得(はやり・かぜ・よぼう・こころえ)」を公開している。
それを見ると、「咳やクシャミをすると目に見えない程微細な泡沫が周りに吹き飛ばされ、それを吸い込むとこの病気にかかる」ので「病人、咳をする者には近寄らない」、「沢山人の集まっている所(芝居、活動写真、電車など)に立ち入らない」、「咳やクシャミをする時はハンケチ、手ぬぐいなどで鼻、口を覆う」ことが重要である。また、流行性感冒にかかった場合は「すぐに休む」こと、「病人の部屋はなるべく別にし、病室に入る時はマスクを付ける」ことが勧められている。
これらはまるで現在「咳エチケット」として推奨されていることとほとんど同じ内容であり、現在の新型コロナ対策と同じことが100年前にも推奨されていたことに驚く。しかし、当時の感染対策では手指衛生(手洗い)にほとんど言及されていない。現代では、どこにでも流水設備と石鹸があり、刷り込み式アルコール消毒薬も簡単に入手できる(これも今や入手は大変だが)。しかし、100年前はそのような環境ではなかったのだ。
『流行性感冒』には内務省衛生局が作った8枚の啓発ポスターも収められている。
100年の「スペイン風邪」から学ぶこと。それは、100年前と現代が、かなり似ているということだ。

① グローバル化
② 格差の広がり
③ ナショナリズム

この3点をあげている人がいる。(藤村正宏)
今回の「新型コロナ」のウイルスの猛威に対しては防衛的な姿勢を貫き、抗ウイルス薬や予防ワクチンが開発されるのを期待し、じっと自分たちの免疫がウイルスに打ち勝つのを待つことではないか。

*参考にした文献・サイト
1)「知るコロナ 未知のウイルスと向き合う」『朝日新聞』3月12日朝刊の別刷り(タブロイド判、20ページ)。この別刷り、とてもよく出来ている。私も新聞専売所ASAから何部かもらったが、全国の小中高の学校に配布したらどうだろう。
2)田中宇 http://tanakanews.com/200316virus.htm
3)田代眞人 https://tanemaki.iwanami.co.jp/posts/1652#tashiro
4)古谷経衡
 https://news.yahoo.co.jp/byline/furuyatsunehira/20200228-00165191/
5)週刊東洋文庫1000
https://japanknowledge.com/articles/blogtoyo/entry.html?entryid=487
6)国立感染症研究所感染症情報センター
http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/pandemic/QA02.html
7)藤村正宏 https://www.ex-ma.com/blog/archives/12065
8)国立国会図書館・本の万華鏡
https://rnavi.ndl.go.jp/kaleido/entry/116.php
9)逢見憲一 https://igakushitosyakai.jp/article/post-537/

いかにも重苦しい空気が漂う毎日。時には笑い飛ばす(いやマスクをしているので内心笑うか)こともしたい。川柳サイトでこんな一句を発見。お題は「コロナウイルス」。
アルコール 消毒だよ コロナビール
今朝はわが町会では資源ゴミを出す日。愛犬「パル」と散歩で角をまがったら、こんな風景を見た。自分で工夫してこのパンデミックを〈楽しんでいる〉ひともいるのだな。