(116)九段下・耳袋 其のじゅうはち

[2021/4/3]

トランピズム

「トランピズム」(トランプ主義)という言葉があるという(『朝日新聞』3月21日 アメリカ総局長・沢村亙)。それは「アメリカ・ファースト」に象徴される反グローバリズム、反リベラリズム、ナショナリズム、反エリート意識を指すという。イデオロギーではなく、没落するミドルクラスの白人の鬱積に突き動かされた草の根の運動だともいう。2017年1月のトランプ登場以来、私は彼の朝晩のツィート報道で心掻き乱れされることを嫌い、あえてトランプとその支持者たちの行動をずっと見ないように目を伏せてきたように思う。
しかし、バイデン登場後、アメリカ社会の分断は今や「二つの世界」とも形容されるほど、深刻化しているという(『朝日新聞』2月12日 山腰修三)。この山腰さんのコラムから、トランプ支持の人たち(トランプ王国)への取材を繰り返しおこなってきた粘り強い報道と、それから生まれた素晴らしいルポがあることを知った。いまや、「トランピズム」から逃げないでこれを正視しなくてはいけない。以下、刊行順に並べる。
1)『ルポ トランプ王国―もう一つのアメリカを行く』(金成隆一、岩波新書、2017)
*2016年の大統領選トランプが勝った州はオハイオ、ペンシルべニア、ウィスコンシン、ミシガン、アイオワ、フロリダ。フロリダ以外の5州の共通点は、五大湖周辺の「ラストベルト」(さびついた工業地帯)の全体もしくは部分的に含まれることだ。
2)『記者、ラストベルトに住む―トランプ王国、冷めぬ熱狂』(金成隆一、朝日新聞出版、2018)
*オハイオのアパートを借り、ここをベースキャンプにして取材をする。
3)『ルポ トランプ王国再訪―ラストベルト再訪』(金成隆一、岩波新書、2019)
4)『アメリカ大統領選』(久保文明・金成隆一、岩波新書、2020)
この4冊をさっそく、近くの図書館から借りてくる。
朝日新聞社ニューヨーク特派員の金成隆一(かなり・りゅういち)は、「トランプ王国」のラストベルトへの取材を2015年12月27日に始めた。取材をしたのは、1年間で14州約150人を数えた。みな普通の労働者と家族だ。金成記者のラストベルトへの定点観測のような取材はその後も続き、オハイオ州トランブル郡ウォーレンという町(人口4万人)のアパートを2017年10月から翌年18年1月まで3ヶ月借りて住む。ここまで取材者リストはトランプ支持者だけで450人を超えた。

新宿書房の本に、『アメリカの極右―白人右派による新しい人種差別運動』(ジェームズ・リッジウェイ、山本裕之訳、1993)という本がある。アメリカの極右を時代順にたどりながら、1990年代の新極右の興隆までたどったジャーナリストのドキュメントである。この本から、2016年の大統領選から2017年のトランプ就任まで、そしてその後の4年のトランプを支持する人たちを極右の運動の流れから理解しようしたがうまくできなかった。従来の極右運動とは違う草の根の運動が始まっているのだ。その意味で金成記者の「トランプ王国」への一連の取材記によって、目が開かれる思いだ。また極左のサンダースのことを理解することも大事だ。『バーニー・サンダース自伝』(バーニー・サンダース、萩原伸次郎監訳、大月書店、2016)も、引っ張り出して、もう一度読み直してみよう。

もうひとつ気になることがある。映画『ノマドランド』に描かれる「流浪の民」(ノマド)たちである。まだ映画を見てないが、手元には原作本の翻訳書『ノマド―漂流する高齢者労働者たち』(NOMADLAND Surviving America in the Twenty-First Centuryジェシカ・ブルーダー、鈴木素子訳、春秋社、2018)がある。著者の3年間にわたる2万4000キロの旅から生まれた探訪記である。漂流する高齢者労働者たちにとって、トランプが残していった、今も残る「二つの分断された」アメリカの中に果たして彼ら自身の居場所があるのだろうか。
*『ノマド―漂流する高齢者労働者たち』:編集者からひとこと。邦題のタイトルは原書のように『ノマドランド―』とすべきだった。それと、ほんとうに残念なことは、行程を記す地図がなかったことだ。原書にもなかったかもしれないが、3年間にわたる2万4000キロの旅を記す地図がほしい。

ふたりの俳優、小林稔侍と小林寛

映画監督・村山新治(1922〜2021)のことは何回か書いたが、ここでは2人の小林という俳優のことを書きたい。
まず、小林稔侍(こばやし・ねんじ1941〜)、80歳。いまさら説明することもない、今も活躍する人気俳優である。2月17日に密葬を済ませた村山新治のお骨はその日に自宅に戻り、2階の部屋に置かれた。その写真を妻の容子叔母(画家)がメールで送ってくれた。家族以外は葬儀に参列できなかったからだろうか、たくさんのお供えの白い花に囲まれている。真ん中に一つだけ名札のある花があった。「小林稔侍」。俳優の小林稔侍はスポーツ新聞での連載回想記で「『キイハンター』や『ザ・ガードマン』などを手掛けた村山新治監督も60年代からよく僕を使ってくれた。奥さんと当時幼稚園に通っていた娘さんの3人家族で千駄ケ谷に住まいがあり、よくご飯をごちそうになった。一番風呂にも入れてくれた。」と書いている。
小林稔侍は1961年、20歳の時、第10期東映ニューフイス合格し、大泉の東映東京撮影所に入っている。
小林稔侍の村山新治監督出演作を調べてみた。
『海軍』(63)
『いろ』(65)
『ボスは俺の拳銃で』(66)
『あゝ予科練』(68)
『㊙ トルコ風呂』(68)
『夜の歌謡シリーズ 伊勢佐木町ブルース』(68)
以上だろうか。

もう一人の小林は小林寛(こばやし・ひろし 1932~2010)だ。小林は新協劇団(第2次:1946~1959)出身の俳優で『真昼の暗黒』(56、今井正)に出演し、一躍世に知られることになる。小林寛は「カンちゃん」と呼ばれ、村山新治にも可愛がられたという。
小林寛の村山新治監督関連の出演作品を調べてみる。
『ひめゆりの塔』(53、今井正)村山助監督(チーフ)
『大地の侍』(56、佐伯清)村山助監督(チーフ)
『警視庁物語 上野発五時三五分』(57)
『警視庁物語 魔の伝言板』(58)
『警視庁物語 顔のない女』(59)
『特ダネ三十時間 第三の女』(59)
『警視庁物語 12人の刑事』(61)
なお、『お母さんの幸福』(58、木村荘十二)という教育映画(桜映画社、製作=村山英治)にも出演している。村山英治は村山新治の次兄だ。たぶん、新治からの推薦だったのだろう。
この小林寛さんと私は後年、親類(親戚)となる。妻の叔父さんである。いま同居している妻の母の末の弟だ。いつも明るくて人気者だった。映画・ドラマではとても食えない寛さんは、1980年代から高円寺の北口を行って、早稲田通りを越えた大和町で「イワン」というバーをやっていた。そこはいま、道路拡幅工事で更地となり、なにもない。