(120)ドキュメンタリー映画『スズさん〜昭和の家事と家族の物語〜』

[2021/5/1]

昨年の夏だったか、記録映画保存センターをやっている次兄の村山英世が九段下にふらりとやってきた。生活史研究家で「昭和のくらし博物館」の館長の小泉和子(こいずみ・かずこ 1933〜)さんが保存している家事の記録映像などを使ったドキュメンタリー映画を製作中だという。小泉和子さん。非常になつかしいお名前だ。いまからおよそ半世紀前、私が平凡社百科年鑑の編集者だった時に、企画・執筆でいろいろお世話になった方だ。平凡社を退職した後は、小泉さんのお仕事や、次々と出版される本を遠くから眺めてはいた。
近いうちにまた「昭和のくらし博物館」に行くという兄に、「へー、小泉和子さん!もしいらしたら、弟がむかし大変お世話になりましたと申し上げてください。ひょっとしたら、私のことをおぼえていらっしゃるかも」。
すぐ翌日、小泉和子さんから事務所に電話があった。うれしかった。50年ぶりのお声であったが、あの元気な声は今も変わらない。映画の完成を楽しみにしていますと申し上げて、電話を終えた。
そして、昨年12月の半ば頃、またふらりと来た兄が帰りぎわに、小泉和子さんの映画の編集が来年の3月末の初号(しょごう)アップを目指し、いま追い込みに入っている、実は挿入するイラストを描いてくれる人を探しているんだ、誰かいないかなと、ポツリと言う。昭和のくらしを記録した映画、その挿絵を描ける人。何人かの顔を思い浮かべるうちに、そうだ、この人がいいのではないかと、一冊の本を手渡した。日ならずして兄から連絡がきた。『絵地図師・美江さんの東京下町散歩』の高橋美江さんの絵を大墻敦(おおがき・あつし)監督が気に入ってくれた、美江さんにぜひ頼みたいから紹介してくれという。4シーンの10枚のイラストをお願いしたいようで、締め切りは翌年の3月末だという。すぐに美江さんから、感謝と悲鳴の電話がきた。「うれしいお仕事だけど、しかし時間がないよ」と。なんでも年末23日に、兄は監督と一緒に北区田端の、ここ「絵地図師・散歩屋」の工房にやってくるという。美江さん、がんばって!

4月6日、兄から、この映画の初号試写会の知らせをもらった。3月初めにはイラストが遅れているんだと言っていたが、3月31日にイラスト撮影完了のメール!美江さん、なんとか間に合ったのだ。
この試写会には残念ながら行けなかったが、後日自宅のパソコンで見ることができた。映画のタイトルは『スズさん〜昭和の家事と家族の物語〜』。主人公のスズさんは和子さんのお母さんだ。映画はオープニングとエピローグ、エンディングをはさむ、3部構成になっている。「主人公のスズさんの生い立ちと横浜大空襲」「スズさん一家のちいさな家」「スズさんが演じる昭和の手仕事の映像記録」の3部だ。86分の長尺(ちょうじゃく)だが、最後まであきさせない。「学童疎開」「空襲訓練」「建物疎開」「防空消防」や「横浜大空襲」のニュース映像が、そしてスズさん自身が演じた「昭和の家事」の記録映像が観るものをひきつける。小泉和子さんのお話もいい、さすが年季のはいった語り部だ。試写会での評判もよく、すぐに横浜シネマリンでの5月公開が決まったとのこと。
私にはうれしい発見があった。この映画に使われているスズさんの家事の実演映像(『昭和の家事』)は、小泉和子さんの知り合いである時枝俊江(ときえだ・としえ 1929〜2012)さんらスタッフが撮影したものだった。

  
映画のチラシ(おもて・うら)


映画のポスター。イラスト=高橋美江

この映画のもう一人の主人公である「昭和のくらし博物館」は、スズさん一家が昭和26(1951)
年に建てた木造2階建(敷地60坪、建坪18坪)だ。これをそのまま保存し、〈昭和20〜30年代のくらし〉の実像を展示している民間ミュージアムである。「昭和のくらし博物館」は平成11年(1999)2月28日にオープンして以来、実に様々な企画展、特別展、催しを開催してきた(平成30〔2018〕年4月より「特定非営利活動法人昭和のくらし博物館」となる)。2020、2021年はコロナ禍のため、ここでもさまざまな催事が延期されてきたが、2019年度のスケジュールの記録が残っている。これを見ただけでも、小泉和子館長とスタッフの溢れるような情熱がよくわかる。

「昭和のくらし博物館」は、昭和20〜30年代の生活道具を展示し、庶民住宅の建物そのものを資料として残し、くらしを伝え、思想を育て、昭和のくらしを考える場所にする、というコンセプトが明確に掲げられている。

近くの図書館から、「昭和のくらし博物館」の企画展から生まれた本を何冊か借りてくる。
すべて小泉和子さんの手になる、いわゆるビジュアル本だ。しかし、これらに本には、簡単でわかりやすい「小泉さん一家の家族史と昭和のくらし博物館年表」が載ってない(困ります、担当の編集者さん。その後新版も出ている本もあるので、これは〈改善〉されているかもしれないが)。
そこで、私なりの簡単な年譜を作ってみた。

[小泉家とくらしの変遷]
小石川区(現・文京区)で2カ所:林町26番地の家(和子は昭和8年、ここで生まれ、小学校3年まで暮らす)、林町12番地の家(昭和17年にここに引越す)。
横浜市で2カ所:神奈川区の家(子安)、神奈川区の家(鶴見、母の従兄弟の牛小屋を改造)。
蒲田区(現・大田区):糀谷(こうじや)町の家。
大田区:調布鵜ノ木町(現・南久が原)の家。ここが後に「昭和のくらし博物館」になる。

[小泉スズさんのファミリーヒストリー]
父:小泉孝(たかし) 明治34年(1901)生まれ。東京市役所で学校建築担当の建築技師。
母:野間スズ 明治43年(1910)生まれ。5人兄妹の長女。横浜市鶴見区矢向町の農家。小学校6年生の時に母親を亡くし、5人の弟妹の母親がわりに。
13歳から3年間、徳川武定邸で女中奉公(本邸は松戸〔戸定邸:とじょう・てい〕、 別邸は東京の西大久保。松戸の本邸は現在・戸定歴史館に)。
*徳川武定は水戸藩最後の藩主・徳川昭武の子供、慶喜の甥。
**スズの弟・野間千代三(1919〜77)は国労東京地方本部委員長から衆議院議員。

昭和7年(1932)小泉孝(32)・スズ(22)結婚。
昭和8年(1933)長女・和子誕生(小石川区林町26番地)。
昭和11年(1936)次女・知代(ともよ)誕生。二・二六事件。
昭和14年(1939)長男・実(みのる)誕生。
昭和15年(1940)和子、明化小学校に入学。
昭和15年(1940)三女・紀子(のりこ)誕生。
昭和16年(1941)12月8日、日本軍、真珠湾攻撃。太平洋戦争、起こる。
昭和17年(1942)5月、実が疫痢で死去。1月、小石川区林町12番地に引越す。
昭和18年(1943)東京市が東京都に。
昭和19年(1944)8月15日、和子、学童集団疎開で宮城県の鳴子温泉へ。
     11月、風邪をこじらして、集団疎開から離れ帰京する。
昭和20年(1945)3月10日、東京大空襲。林町12番地の家が建物強制疎開に。
     横浜市神奈川区子安(こやす)の家に。
     和子、2度目の集団疎開。横浜の山の中だが、記憶にない。
     5月29日、横浜大空襲。
     鶴見の家(横浜市鶴見区北寺尾)に。母の従兄弟の家の牛小屋を改造し
     て住む。
     寺尾小学校に転校。
     8月6日、広島に、9日、長崎に、原子爆弾投下される。
     8月15日、ポツダム宣言受諾。無条件降伏。
昭和21年(1946)和子、川崎市立の高等女学校に入学(翌年学制改革で高等学校
     に)。
     秋か暮れに羽田に引越す。蒲田区(現・大田区)糀谷(こうじや)町
     4丁目1771番地の二軒長屋。
昭和23年(1948)四女・千鳥(ちどり)誕生。父・孝は都庁から特別調達庁に
     出向。
昭和24年(1949)和子、高校1年生に。父・孝は都庁に戻る。
昭和25年(1950)6月25日、朝鮮戦争始まる。
昭和26年(1951)大田区調布鵜ノ木町の借地に家を建てる。
     孝(51)都庁勤務から民間建設会社へ。
     この時、スズ(41)、和子(17)高校2年、知代(14)中学3年、紀
     子(11)小学5年、千鳥(3)。家族6人と賄いつき(洗濯と掃除付
     き)の下宿人2人で暮らす。ガスも水道も引けていなかった。井戸もな
     く、朝夕、地主の井戸からバケツで運ぶ。住宅金融公庫(昭和25年発     足)の融資を受け、昭和26年に建てた「公庫住宅」。木造2階建、延
     べ18坪。敷地は60坪。トイレは1階にひとつ、汽車便所式(床を奥だ
     け半分高くして、そこに便器を置く)の男女兼用。風呂は銭湯へ。
昭和27年(1952)井戸を掘る。
昭和39年(1964)10月、東京オリンピック。
昭和40年(1965)ガスが引けた。
昭和41年(1966)町名変更。調布鵜ノ木町から、現在の南久が原2丁目に。
昭和45年(1970)3月、大阪万博。
昭和51年(1976)下水道整備され、便所が汲み取りから水洗になる。
昭和57年(1982)父・孝(81)死去。
平成2年(1990)時枝俊江らが、映画『家事の記録』(仮:後に『昭和の
     家事』)の撮影開始(〜1992)。この時、スズは80歳。
平成8年(1996)知代、事故死。スズ、大腿骨骨折で寝たきりになり、和子の家
     (目黒区)へ。南久が原の家が空き家となる。
平成11年(1999)2月28日、この南久が原の家が「昭和のくらし博物館」として
     オープン。
平成12年(2001)スズ(91)死去。
平成14年(2003)「昭和のくらし博物館」が国の登録有形文化財に。
平成20年(2009)映画『昭和の家事』完成。
平成23年(2012)映画『昭和の家事』各地で上映。
令和3年(2021)ドキュメンタリー映画『スズさん〜昭和の家事と家族の物語
     〜』完成。

「昭和のくらし博物館」企画展  *赤字は単行本化
第1回企画展「家庭看護」(1999)
第2回企画展「洋裁の時代」(2000)
第3回企画展「ちゃぶ台の昭和」(2001)
第4回企画展「くらしの中の履物」(2002)
第5回企画展「町のお医者さん——鵜ノ木耳鼻咽喉科と開業医の昭和」(2003)
第6回企画展「昭和のキモノ」(2004)
第7回企画展「昭和の女職人」(2006)
第8回企画展「家で病気を治した時代——家庭看護の時代」(2007)
第9回企画展「在日のくらし——ポッタリ一つで海を越えて」(2009)
第10回企画展「昭和、女中がいた時代」(2010)
第11回企画展「少女たちの昭和」(2012)
第12回企画展「昭和の結婚」(2014)
第13回企画展「パンと昭和」(2016)
第14回企画展「楽しき哀しき 昭和のこども」(2017)
第15回企画展「スフとすいとんの昭和」(2019)

常設展:昭和の日常・すまいの四季
2階の特別展:自由なテーマで開催
毎年8月:「小泉家に残る戦争展」

参考文献:
*「昭和のくらし博物館」についての本。
『昭和のくらし博物館』(文=小泉和子/写真=田村祥男、河出書房新社、2000)
『昭和の家事 母たちのくらし』(小泉和子著、河出書房新社、2010)
『くらしの昭和史 昭和のくらし博物館から』(小泉和子著、朝日新聞出版、2017)
*企画展から誕生した本(一部)
『昭和すぐれもの図鑑』(小泉和子著、河出書房新社、2007)
『女中がいた昭和』(小泉和子編、河出書房新社、2012)
『楽しき哀しき昭和の子ども史』(小泉和子編著、河出書房新社、2018)

参考サイト:
・「昭和のくらし博物館」
  http://www.showanokurashi.com
・横浜大空襲
  https://www.yurindo.co.jp/yurin/3874/2
  https://www.city.yokohama.lg.jp/city-info/yokohamashi/.....
・記録映画保存センター
  https://kirokueiga-hozon.jp