(101)夢見るウィキペディアン

[2020/12/12]

人にいわれて、『ねほりんぱほりん』というNHK・Eテレの番組を見た。11月11日に放送された「ウィキペディアン」だ。
ねほりんぱほりん』は、2016年から放送されている、「人形劇×赤裸々トーク」をコンセプトにしたバラエティー番組のようだが、私はまるで知らなかった。「ウィキペディアン」のタイトルに引かれて興味を持ち、録画しておいてもらった。番宣の説明によれば、こういう内容だった。

「誰でも記事を書くことができる、無料のウェブ上の百科事典、ウィキペディア。その魅力にハマリ膨大な時間とお金を捧げる人たちは〈ウィキペディアン〉と呼ばれる。ふだん仕事などをするかたわら、ウィキペディアを充実させることに情熱を注ぐその理由とは?そして、ときには記事をめぐって命がけの戦いもあるというその舞台裏とは?…あの百科事典を陰で支える人たちの素顔を掘る!ウィキペディアンは、記事を執筆するために資料を購入し、遠方へと取材にも行くが、報酬はなく、全て自腹で活動する。さらに、誰でも書き込めるということから記事にイタズラをする“荒らし”が発生し、その対応に追われ、逆恨みから脅迫されることもあるという。なぜそこまでのめり込んでしまうのか、ウィキペディアンたちが活動の魅力を語る。」

モグラのぬいぐるみ「ねほりん」と「ぱほりん」を相手に、ブタのぬいぐるみに扮した2人のウィキペディアンが「訳ありゲスト」として登場する。かれらが手弁当で取材して書いた「首かけイチョウ」「タイタニック号に乗船していた動物たち」「糸魚川のヒスイ」「渋谷スクランブル交差点」などの項目の誕生の舞台裏が紹介される。そして、ぬいぐるみの“荒らし”までもが登場する。どこまでもウィキペディアンの圧倒的な善意、その善意の塊が賞賛される。
実はこのウィキペディアン、9月3日(火)放送の「マツコの知らない世界」の中の「ウィキペディアの世界」でも紹介されていた。

日頃、私もウィキペディアにはずいぶん助けられている。同時にいつもなにかその内容に不満を抱いてきた。かつて、自分が20〜30代の頃に百科事典の編集屋としてメシを食ってきたからだろうか。ウィキペディアについてあらためて勉強しようと、図書館から何冊か本を借りて読んでみた。

2001年1月15日に英語版のウィキペディアがスタートした。日本語版もこの年の5月20日に発足したそうだ。しかし、日本語版といってもなんと「ローマ字表記」だったという。しかも項目数はわずか23個だった。2002年9月、ようやく日本語版で日本語の文字(かな・漢字)が利用できるようになった。項目数をみると、2008年5月に50万項目、そして2016年には100万項目を達成している。2020年12月9日現在、項目数は120万4000余りだそうだ。

ウィキペディアには次のようなルールがあるという。
3つの基本的な考え方・目標
1) 中立的な見方
2) すべての記事は、ほかの情報源によって確かめられないといけない
3) 公式に発表されてない研究情報は載せない
5つの不変の柱(3つの基本的な考え方・目標を反映したもの)
1) ウィキペディアは百科事典である
2) ウィキペディアは、中立的な見方をする
3) ウィキペディアは無料コンテンツである
4) ウィキペディアは行動規範をもっている
5) ウィキペディアには、確固としたルールはない
紙の百科事典の問題を解決したウィキペディア
*何巻にも及ぶ書籍版の百科事典の値段が高く、一般の家庭では手が届かない
*あらゆる物事を網羅する書籍版の百科事典は、採算的に作れない。物理的なスペースや費用も膨大になる。
*書籍版の百科事典は、サイズにかかわらず、正確で最新に保つのは難しい。
[参考:書籍版の百科事典『平凡社 改訂新版 世界大百科事典』の内容詳細]
●定価(税込)/29万7000円●巻数/全34巻(本巻30巻・索引1巻・地図帳2巻・百科便覧1巻)●判型/A4変型判●重量/約63kg●頁数/総頁数約2万5000。各巻平均700頁●総項目数/約9万●索引項目数/約42万●五十音順配列●図版/カラー約8500点、白黒約1万点●執筆者/約7000名●ブックデザイン/杉浦康平

このようなルールのもと、ウィキペディアはだれでもが参加できる、つまり無料奉仕の読者、夢みるウィキペディアンによって作られてきた。しかし、それゆえ次のようなことが起きるのは当然のことだ。
*こんな項目があって、どうしてこの項目がない
*長さがまちまち
*自己宣伝のような項目が多い
*アニメ、漫画、ゲームや新製品、芸能ネタの項目が目につくし、それらはともかく長い。
「ウィキペディアは技術でなく人間だ」「管理人は街(コミュニティ)の清掃人だ
「ピラニア効果という言葉がある。誰かが小さい短い記事を作る。それのあまり出来栄えが良くないと、まるでピラニアのように人々が集まって食いつきはじめ、記事が膨らんでいく」「ともかく未完成からスタートする百科事典」・・・・これら、ウィキペディアについて言われる形容から考えれば、多少の不満は我慢するしかないか。なにしろ毎日成長している、永遠に完成しない百科事典なのだから。

さて、ウィキペディアには「新宿書房」はないが、これはどうでもいいことだ。「宇江敏勝」はある。これはすばらしい。しかし、「著書」情報で「民俗伝奇小説集」の字句がぬけ、2011年から始まったこのシリーズ、2020年に10巻で完結したにもかかわらず、2015年までの記述しかない。さらに文芸同人誌の「VIKING」もある。これもいい。 宇江さんの人生をかたちづくってきた山林労働の用語はどうだろうか?「炭」「木炭」「備長炭」はある。しかし、「炭焼き小屋」はない、あるのは1931年の日本映画(サイレント)の項目だった。「狩川(かりかわ)」(一般河川「かりがわ」の項目はある)「木馬(きんま)」(「もくば」はある)「野猿」(音楽ユニットの項目はある)「義務教育免除地」(検索では出てくる)などなど、ない項目は多い。
夢見るウィキペディアンさん、どうか編集続行、項目作成に挑戦してください。

そんな折、永井良和・川井ゆう夫妻から新刊をいただいた。
失われゆく仕事の図鑑』(永井良和、高野光平 他著、グラフィック社、2020) という本だ。121項目の失われゆく仕事、失われゆく場所、減ってゆく機械、失われた仕事が、写真とともに記述されている小さな百科事典だ。ふたたび夢見るウィキペディアンさん、これら121のアイテムをチェックしてください。検索で字句は出てくるものもあるかもしれないが、ぜひ立項してほしい。「屋上遊園」「氷屋」「踏切番」「花売り娘」「ガソリンガール」「歯入れ屋」・・・。垂涎の項目候補がつぎつぎと並んでいる。
ウィキペディアの「ウィキペディア日本語版」という項目をみると、記事新設数と編集回数が2008年以降、減少傾向に転じているというのが心配だ。
ガンバレ、ウィキペディアンさんにエールを!

参考サイト:
https://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか
https://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:ウィキペディアの日
https://ja.wikipedia.org/wiki/ウィキペディアの歴史
https://ja.wikipedia.org/wiki/ウィキペディア日本語版
https://ja.wikipedia.org/wiki/タイタニック号に乗船していた動物たち
https://ja.wikipedia.org/wiki/首かけイチョウ
https://ja.wikipedia.org/wiki/糸魚川のヒスイ
参考文献:
『ウィキペディア革命――そこで何が起きているのか?』ピエール・アスリーヌ他著、岩波書店、2008
『ウィキペディア・レボリューション――世界最大の百科事典はいかにして生まれたか』アンドリュー・リー著、早川書房、2009
『時代をきりひらいたIT企業と創設者たち 5 Wikipediaをつくったジミー・ウェールズ』スーザン・メイヤー著、岩崎書店、2013
『知識の社会史 2 百科全書からウィキペディアまで』ピーター・バーク著、新曜社、2015