(68)バリのワヤン人形の本
[2020/4/24]

4月に入り、いよいよ自宅に巣ごもりをせざるをえなくなったので、この2ヶ月の間にいただいた新刊本を事務所から何冊か運んで、眺めている。じつはこれらの新刊本はほんとうに幸運な本たちだ。この4月からの新刊は困難な旅立ちとなる。取次への新刊見本は、新刊受付に持ち込み、新刊書の説明をするが、この対面受付からすべて宅配便での見本受付となった。しかも、トーハン、日販のそれぞれの取引先書店800店(つまり大中の書店)がいまや休業しているという。オンライン書店の大手アマゾンも、書籍よりも生活必需品優先の配送体制に入っているようだ。
さて、今回はこの1冊。ワヤンの本をとりあげたいと思う。



梅田英春著『バリ島の影絵人形芝居 ワヤン』(発行=めこん)。判型はB5判、224頁、オールカラー、5000円(税別)。デザインは杉浦康平プラスアイズの新保韻香(しんぼ・いんか)。
インドネシアの「ワヤン・クリ」(影絵人形芝居)についてはジャワ本島のワヤンがよく知られており、いままで何冊かの本もある。本書はバリ島、それも島の中南部で行なわれているワヤンを対象としている。
本書の構成をみてみよう。第Ⅰ部の章タイトルは「バリ島のワヤン」で、その各節のタイトルは「バリ島のワヤンの概観」「バリ島のワヤン人形の図解」「ワヤン人形の製作方法」となっていて、バリ島のワヤンについてのいわば大百科事典である。これらがワヤンの理解に役に立つ詳細な説明となっている。そして、第Ⅱ部が本書の圧巻、およそ総頁数の7割をしめる「ワヤン人形図鑑」だ。ここでは180体近い人形を、その物語や役割ごとにまとめて展開している。
ジャワのワヤン人形がほとんど金色に彩色されているのに比べ、バリ島のワヤン人形には美しい色彩がほどこされている。本書ではそれが見事に再現されている。ここに登場する180体の人形は、著者自らがワヤンを上演するために長年にわたって収集したものだという。





著者の梅田英春(うめだ・ひではる)は現在、静岡文化芸術大学文化政策学部教授で専門は民族音楽学。研究のかたわら、バリのワヤン一座〈梅田トゥンジュク・ワヤン一座〉を主宰している。トゥンジュクとはバリ島のタバナン県にある村の名前である。梅田は1986年から2年間、同村にてダラン(人形遣い)のもとでワヤンを学ぶ。梅田の一座はタバナン県トゥンジュク村で行なわれているワヤンのスタイルをそのまま踏襲して、カウィ語と日本語を用いたワヤンの上演を日本各地で続けている。
日本では松本亮(まつもと・りょう1927〜2017)さんが早くからジャワのワヤンの紹介をしてきて、「日本ワヤン協会」も主宰していた。わたしも一度、京王線八幡山駅近くの松本さん宅にお邪魔して、ワヤンの上演を見せてもらったことがある。
じつは昨年の春、私は杉浦康平さんと新保韻香さんから、著者の梅田さんと編集協力の建築家の片倉保夫さんのふたりを紹介され、本書の編集出版の相談を受けたのだ。梅田さんらがおよそ10年の歳月をかけて準備をしてきた労作の原稿だ。私は、平凡社の先輩でもある松本さんが『ワヤン人形図鑑』をはじめ関連図書を数多く出している出版社「めこん」が本書の刊行にはぴったりだと思い、即座に旧知の「めこん」の代表、桑原晨さんを紹介した。桑原さんとは新宿書房が、1980年代にシリーズ〈双書・アジアの村から町から〉を刊行していた頃からの知り合いだ。梅田さんと桑原さんとの出会いはうまくいったようだ。その後、順調に編集が進んでいる話ももれ聞いていた。
結果は大正解。見事な本ができてこんな嬉しいことはない。バリのワヤン図鑑としてすばらしい仕上がりになった。しかし、編集者には悪い癖がある。いただいた本のお礼を申しあげながら、片方で出来上がった本の編集・造本などについて、勝手な批評どころか無理な注文までもしてしまう。
この『バリ島の影絵人形芝居ワヤン』、バリのワヤンの本として、内容からもビジュアルの面からも申し分ない。インドネシアばかりか、世界初のバリのワヤンの本として広く紹介される本であることに間違いはない。だからこそ英文のサマリー(各リードの英文だけでも)かレジュメが欲しい。これを巻末に付けたい。あるいは月報スタイルの別刷りの英文パンフでも作って投げ込んでもいい。
そしてもうひとつ、この本を見て、だれでもが望むこと。そう、バリのワヤン一座〈梅田トゥンジュク・ワヤン一座〉の上演を記録した映像の入ったCDを付録につけて欲しいことである。ここに登場する180体のワヤン人形たちが、音楽と映像を得て、さらに生き生きと動き出すにちがいない。

最後に、その他のいただいた本を紹介しよう。

●『黒川能――1964年、黒川村の記憶』(船曳由美著、集英社、写真=薗部澄 装丁・レイアウト=木幡朋介)
船曳由美(ふなびき・ゆみ1938〜)さんは、平凡社(1962〜85)と集英社(1986〜99)のふたつの出版社で活躍された編集者。私が入社した時、輝くような編集者のひとりだった。

●『ダンスは冒険である 身体の現在形』(石井達朗著、論創社、装幀=宗利淳一)同書のなかの「よみがえるサーカス」は、石井さんの著者『サーカスのフィルモロジー  ――落下と飛翔の100年』(新宿書房、1994)からの再録。

●『ドキュメンタリー作家 王兵(ワン・ビン)――現代中国の叛史』(土屋昌明・鈴木一誌編著、ポット出版プラス、ブックデザイン=鈴木一誌+大河原晢+下田麻亜也)
下田麻亜也さん、がんばったね!

●『暗い林を抜けて』(黒川創著、新潮社、装画=ヤドランカ・ストヤコヴィッチ)
ヤドランカ(1950〜2016)は旧ユーゴスラヴイア(ボスニア・ヘルツェゴビナ)、サラエヴォ出身のシンガーソングライターそして画家。黒川創の友人である。私も昔、彼女に会って原稿を依頼したことがある。

●『帝国の夏』(田中寛著、限定私家版)「帝国の夏」「悠久の橋 わが南京アトロシティ」「虚空と深淵 あるいは、罪と正義についての断章」「草原に魔窟 〈731部隊安達特別実験場〉奇譚」「再生の日々」を収録した最新創作集。
問い合わせ先はABC企画委員会

●篠原栄太のテレビタイトル・デザイン』(篠原栄太著、グラフィック社)
TBSテレビの開局からタイトルデザイナーとして多数の番組のタイトルデザインの残してきた篠原栄太(1927〜)の作品集。解説は多摩美術大学で篠原に学んだ、字遊工房の鳥海修(とりのうみ・おさむ、著書に『文字を作る仕事』)が書いている。