(107)企画者の汗と涙がそして愛が結晶した、映画広告図案士の本

[2021/1/30]

『村山新治、上野発五時三五分  私が関わった映画、その時代』(村山新治著、2018、新宿書房)の装丁・デザインでたいへんお世話になった桜井雄一郎さんから先日、新刊をいただいた。彼が企画・収集・インタビュー・執筆・編集そしてデザインまで、ほとんど一人でやりとげた本だ。
タイトルは『映画広告図案士/檜垣紀六 洋画デザインの軌跡 題字・ポスター・チラシ・新聞広告 集成』(檜垣紀六著、桜井雄一郎+佐々木淳編著、スティングレイ)。判型はA4変型、上製(角背)、384ページ、スピン(紐しおり、ブックマーク)あり。価格は本体9000円+税。奥付の発行日は2020年12月18日だが、一般向け販売は2021年1月29日だ。

  
63の数字の意味は本書を読んでいくとわかる


本扉のバックは『魂のジュリエッタ』(1966年、東和=ATG)から

映画広告図案士(えいがこうこくずあんし)と自ら名乗る、洋画(外国映画)ポスターデザイナーの檜垣紀六(ひがき・きろく)さん。その檜垣さんの60年間にわたる洋画広告デザインの仕事を、彼自身の回想、解説をまじえ、制作したポスターなどを徹底的に網羅したのが本書である。
檜垣の名が紀六であるのは、時代的な背景がある。生まれたのが1940年(昭和15年)。この年は神武天皇即位紀元2600年ということで、日本国中(そして外地)の各地で祝賀の行事が行われていた。そこで両親はこの年に生まれたこの子に「紀六」と名付けたという。紀六さんは、1960年(昭和35年)、東宝に入社し映画広告のデザイナーとなり、社内外で「六さん」と呼ばれ、愛される。1987年に独立して、個人事務所「オフィス63(ろくさん)」を設立。以後2020年まで映画広告のデザイナーとして、第一線で活躍してきた。本書は総386ページ、うち336ページがオールカラー。そこに約600本の六さんの手から生まれた洋画(外国映画)ポスター、チラシ、題字、新聞広告などを掲載している。
目次のタイトルを抜き出してみよう。これを見ただけでも、紀六さんにどれだけ長く深く取材し、彼の外国映画のほぼ全仕事を整理・解体・解読しようとする、編著者ふたりの強い気構えがわかる。

序章 広告図案士“六さん”登場
第1章 映画スタイルとデザイン
第2章 日本版デザインのさまざまなかたち
第3章 ポスターは映画への扉
第4章 作品テーマとデザイン
第5章 デザインの底力
第6章 題字は映画の顔
資料編

上記の各章の中に六さん自身の「回想」と「解説」を挟み、編著者による「コラム」や「囲み記事」が入って、ポスターの背後にある制作の歴史がより複層的に明らかにされる。「回想」「解説」は長い時間をかけて用意してつくりあげてきたのだろう。インタビュー形式で語られるこれらの映画広告デザインでのさまざまなエピソードは、編者は懐深く入り込み、実に飾らぬ言葉で正直に語られていて、六さんの人柄までわかる。桜井さんに聞くと2012年あたりから、この檜垣本の企画をあたため、編集を始めてきたそうだ。そして、六さんのポスターやチラシをみずから買い集め、新聞広告のコピーを取るため図書館などに通い詰めたという。

さらに読んでいくと、映画ファン(映画雑誌『南海』発行人)であり、ブックデザインを手がけてきたデザイナー(桜井雄一郎)と、映画ライター・編集者(佐々木淳)というふたりの編著者のこだわりと薀蓄ぶりが各章で爆発する。さらに600枚のポスターの横には、随所にⒺマークのついたコメント(桜井)が入る。これはまるで美術館の会場での学芸員による展示作品の解説・解題のようだ。そして編集コラム・記事の「映画広告デザイン・種類・サイズ・制作のワークフロー」「映画広告/デザインの3大要素・3大原則」「1960~70年代の映画館事情とその広告」「すべて手作業」「題字・描き文字の作法」などなどがふんだんに挿入されている。
ふたりの編著者は、一人のデザイナー(六さん)を手がかりにして、その内幕がほとんど知られてこなかったアノニマスな映画広告デザインの世界、日本の洋画ポスターの制作過程や歴史に光を当てようと奮戦している。
しかも、本書は同時に1960年代から90年代の洋画をめぐる日本の社会、そして映画館、映画会社、洋画配給会社、新聞社、大手広告代理店が集まった街、そこで仕事をする人々を、みごとに描くことに成功している。その意味で、「コラム|六さんが歩き、愛した日比谷・銀座・京橋・新橋」(佐々木淳)はねらい通りの企画であり、地図も効果的にレイアウトされている。

本書にとって、「檜垣紀六デザイン洋画作品一覧」「檜垣紀六デザイン作品題名索引」は大事なパートだ。この60年、洋画のキャストやスタッフの日本語表記はおどろくほど変遷してきている。これらを冷静に正確にこなした充実した記録となっている。
ここで一つ注文だ。本文の各ページ末尾にある、❖(菱形)マークのついた人名(野口久光、藍野純治、白洲春正など)、事項・用語(社長もの、顔のベタベタ、追い告、慶楽など)などの脚注、それにあの膨大なⒺのマークがついた大量のコメント(桜井)。これらが「人名索引」や「用語集」にまとめられていないのは、あまりにもったいない。これらを集めてみれば、貴重な映画広告・ポスターデザインの基礎知識を盛り込んだ「洋画デザイン小事典」ができあがるのではないだろうか。小さな冊子にして投げ込んでもよかった。長年やってきた編集者の性(さが)か。

最後に貼り箱(これは一般発売の本にはついてないが)のこと。本を箱から取り出すと、なんと中にポスターのギャラリーがある。桜井さん、どこまでも凝って遊んでいる。


貼り箱の外そして中。

印刷=モリモト印刷(印刷進行=井野晃資)、製本=カナメブックス ブックデザインには、桜井夫人の佐野淳子さんや弟の桜井基成さんも参加。この箱の中には本書製作を支えた家族の愛が詰まっている。そして奥から「六さん洋画デザイン学校」の桜井校長の名調子の講義の声が聞こえてくる。

桜井雄一郎さんがデザインしてくれた『村山新治、上野発五時三五分』(2018)は「キネマ旬報映画本大賞2018」の第2位に輝いた(本コラム24を参照)。本書『映画広告図案士/檜垣紀六 洋画デザインの軌跡 題字・ポスター・チラシ・新聞広告 集成』(2020)。私は今年5月の映画本大賞の発表がとても楽しみにしているのだが。