(89)見世物稼業とコロナ禍
[2020/9/18]

悪疫退散大道芸

上島敏昭(かみじま・としあき) さんから『大道芸アジア月報』9月号が送られてきた。同月報の6月号については、コラム(76)ですでにふれたので、
 7月号
 8月号
 9月号
のそれぞれを見てみよう。
毎号、さまざまなイベントの中止、中止、そして延期のオンパレード。えー、大道芸のリモート、オンライン?の言葉も見える。おそらく2020年の『大道芸アジア月報』は「コロナ禍大道芸文化誌年表」として後世に残る貴重な資料となるにちがいない。
上島さんが主催し、参加した数少ないイベントの「病魔退散祭」(7月20日、東京浅草・木馬亭)の公演顛末記が、8月号に掲載されている。客席は定員の半分(65人)にし、コロナ対策のために30分おきに換気、休憩も2度とったという。しかし、収支は十数万円の赤字となった。

しかし、この自粛の中、浅草雑芸団団長の上島さんは、ただ指をくわえて見ているだけでなかった。東京都生活文化局の芸術文化活動支援事業の「アートにエールを!東京プロジェクト」に応募し、10万円の獲得を目指す。これに自作自演自撮の動画を提出し、6月9日付けで晴れて採択通知をゲット。それがこの「上島敏昭/猛獣の悪疫退散大道芸」だ。
どうぞ、どうぞ、お近くに寄って、とくとご覧ください。この「猛獣の悪疫退散大道芸」は7月20日の木馬亭の「病魔退散祭」でもご披露された。
最近のメールで上島さんは「はたして以前のような大道芸を行うことができるようになるかと、このところ思い始めています」とポツリ言う。

おれたちテキヤはもはや棄民だよ

飴細工師で、見世物学会総局長の坂入尚文(さかいり・ひさふみ)さんに久しぶりに電話をしてみた。坂入さんは、『間道(かんどう)――見世物とテキヤの領域』(新宿書房、2006)の著者である。
例年なら、6月から10月まで夏の間、旭川を皮切りに、商売道具と布団などの生活用品を積み込んだ2トン車を運転して、北海道全道の各地の祭りや寺社の縁日(高市:たかまち)を回っているはずだった。移動に使う車は中古のクイックデリバリーと呼ばれるウォークスルーバン、坂入さんはここで寝泊まりもする。今年は、コロナのため、5月に一度、旭川の寄り合いに顔を出したものの、結局すべての祭事が中止となり、わずかに集まった商売仲間の顔を見ただけで帰ってきた。それからずっと今も埼玉の自宅で自粛待機しているという。もちろん、関東周辺の春は桜の花見や祭礼、夏の花火での営業もすべてなくなった。
「こんなことは、40年近い稼業で初めてのことだよ。テキヤの仕事仲間はおよそ3万人いるが、だれも商売ができない。しかも収入はゼロ、若い連中の中には倉庫で働いている奴もいるよ。もう、おれたちテキヤはもはや棄民だよ」
『間道』が出版されたのが、2006年。それ以後も、坂入さんはずっと露天の飴細工師として祭りや縁日で仕事をしてきた。「三寸(さんずん)」と呼ばれる屋台を組んで、天幕を張り、昼から商売を始め、夜は裸電球(テッカリ)の下で、ひとりお客から注文をとり、その場で飴の細工をする。制作時間は一体、およそ3分。商品のレパートリーは動物など50種以上。一体の値段は500円から1500円だ。
坂入さんは今から3年前の『朝日新聞』(2017年5月20日)の別刷りの「フロントランナー」に登場したことがあった(文=小泉信一)。題して「飴細工師 坂入尚文さん(70歳)自由で豊穣な闇の文化を守る」。
ここで坂入さんは言う。「半月に一度は指を動かさないと感が鈍ります。祭りに行かないときは自宅でレッスンをしています。そして何よりも大切なのが健康管理。最良の体調でないと飴細工は絶対にうまくできません。それほど繊細な仕事なのです」
私が電話で、今の体の調子がどうですかとたずねると、坂入さんは「食欲がないし、体重が減った。足腰がだいぶ弱り、背も曲がったよ。プツンと糸が切れたようだ」と弱気なこと言う。たしかに北海道の旅は連日の移動の旅だ。しかも飴細工の仕事は10時間以上も立ちっぱなしの日もあるというから、私も心配になってくる。「明日から、少し外を歩いて運動してみるよ」いろいろ話をするうちに、坂入さんの電話の声に少し元気が出てきた。
『間道』の最終ページにはこんな文が挿入されている。

「カンドウ【間道】 閑道とも。わき道、抜け道、隠れ道、裏街道。地図にない間道はずっと昔からあった。ここを三寸ひとつで商売するコロビが祭りが終わるやいなや、ネタバレを恐れて夜を走る。見世物屋も馬賊もサンカもそして忍者や獅子舞も、この見えない間道をひたすら通り抜ける。」

先の「フロントランナー」で坂入さんはこうも言う。「(何歳まで続ける?)難しいなあ。ここまでくると死ぬまでやるとしか言いようがない。老後が保障されている人生なんてまっぴらだからね。」
大丈夫、坂入さん、あなたは間違いなくコロナの間道を見つけ、通り抜けることができるよ。


新宿・花園神社(一の酉)