(69)本を読む犬
[2020/5/1]

パルが逝ってから早くも2週間がたった。自宅で過ごす時間はたっぷりある。パルの遺品を整理し始める。この5年あまり使ってきた3本の首輪とリード。これらはみな小海線清里駅近くの「萌木の村」の中にある可愛いお店のおばちゃまの手作りだ。その店先で生地を選ぶと夕方までに作ってもらえた。それと食器の金属皿と飯台にした小さな椅子。椅子は庭に置いて、他のものは、みんなブリキの一斗缶の中に収める。
パルの朝食にあげていた栄養補助食品のドリンク剤と配合顆粒はかなり残った。これらはもともと人間用なので私のために保存する。それから、毎日朝晩2回出していたドッグフード(ドライフード)の大袋がひとつと、この2年あまり肛門嚢腺癌の手術後から食後のおやつにあげていた特別療養食用のチキンの缶詰はワンケースも残った。ドライフードの開封した残りものは庭に埋め、未開封の一袋は東京・練馬区関町のアイメイト協会に行き、留守番役のふたりの若い女性スタッフに、不適格犬パルをいただいたお礼を申し上げるとともに、これを後輩たちに、と差し上げる。毎年末に届けていた「盲導犬*育成 アイメイト募金」はこれからも続けていくつもりだ。そして、チキンの缶詰はお世話になった昭島市の主治医さんの動物病院に送った。

そして久しぶりに手元の本棚の隅に手を延ばして、そこにまとめてある50冊ばかりの犬の本をパラパラと読み直してみる。ある1冊に目がとまった。それは、まったく見たことも読んだこともない本であった。
『読書介助犬オリビア』(2009年、講談社青い鳥文庫、今西乃子(いまにし・のりこ)=文、浜田一男=写真)。調べてみると、2006年に同じ講談社から出ている『犬に本を読んであげたことある?』がこの青い鳥文庫の親本であり、これが改題され、新装・再版されたことがわかった。
そう、この本は世界で最初の「読書介助犬」の誕生物語を記した本なのだ。

1999年秋のある日。アメリカ合衆国ユタ州の州都ソルトレークシティーの中央図書館に、看護士のサンディがセラピー犬のオリビア(犬種:ポーチュギーズ・ウォーター・ドッグPortuguese Water Dog 、ポルトガル原産の大型の漁用犬)を連れて図書館の広報担当のディナに会いに来た。オリビアはシェルターで安楽死寸前だったところを「インター・マウンテン・セラピー・アニマル」という団体によって救われた犬だ。
サンディは前の晩にひらめいたある提案をもってやってきた。「子どもたちが犬に本を読み聞かせるプログラム」。これはまだ全米のどこの図書館でもやっていない試みだ。説明を聞いたディナはこのプログラムをさっそく採用する。プログラム名はR.E.A.D.(リード:「読む」 。Reading Education Assistance Dogの略 )となった。Reading Dogとは「読書する犬」 ではなく、「読み聞かせを聞いてくれる犬」である。ここに「読書介助犬」が誕生したのである。

    
各国の「読書介助犬」プログラムのロゴマーク

子どもたちは、犬にむかって読み聞かせ(reading TO the therapy dog)をする。スタートしたのは、1999年11月13日の土曜日だった。そして、この図書館から近くの小学校へと広まっていく。このプログラムは現在、全米50州、カナダ3州で4500人以上のボランティア・チームの活動によって支えられている。アメリカでは、読書介助犬とトレーナーが全米の学校を巡り、子どもたちが犬に本を読み聞かせる授業が行なわれているという。
この犬たちは健康で、十分な訓練を受けている。犬たちは子どもたちの聞き役だ。犬たちは子どもの読み方を批判したりしない、読み間違っても笑ったりしない。これで子どもは自信をもち、安心して音読できる。子どもたちは本への興味が増し、積極的に手をあげ、人前で話すことができるようになるという。*
いま調べてみたら、当コラム(67)で紹介した、山梨県北杜市の清里にある「ゲストハウス バーネットヒル」のご主人のブログが、なんと親本の『犬に本を読んであげたことある?』を紹介しているではないか(2006年12月28日)。「補助犬がまだまだ満足に認知されてない日本では、読書介護犬は夢のまた夢でしかないのが残念です。」 さすが、バーネットヒルである。お目がたかい。**



さらに調べてみると、オーストラリアではStory Dogという「読書介助犬」がいるそうだ。
また、フィンランドでの「読書犬」のこともわかった。これは2011年からはじまったプログラムだそうで、「ルク・コイラ」と呼ばれている。フィンランド語で、ルク(読む)、コイラ(犬)だから、「ルク・コイラ」は「読書犬」ということになる。子どもたちは、犬に向かって、15〜20分の間、読み聞かせする。その結果、落ち着きのない子どもに集中力がつき、子どもは達成感をおぼえる。読書犬には穏やかで、大きなバーニーズ・マウンテン・ドッグ(Bernese Mountain Dog、スイス原産の牧畜犬・護衛犬)が選ばれている。この国の図書館ではペット入館可で、「来館犬」と「読書犬」と「盲導犬」が館内を行き交っているという。また、読書犬が盲導犬をかねることもあるという。またフィンランドはヨーロッパ有数の牧畜国、なんと「読書犬」ばかりでなく、「読書牛」!もいるそうだ。***

この「読書介助犬」、日本ではどうなのだろうか?調べてみると、いくつかのことがわかった。
2016年の9月に東京・三鷹市立図書館で行なわれた「わん!だふる読書体験」が最初のようである。第1回は9月3日、4〜12歳の子ども12人と6頭の犬が参加したという。子どもたちは約15分間、犬に読み聞かせをした。
また2018年2月18日に奈良県平群(へぐり)町の町立中央図書館で「わんどく!」という催しが、また2019年2月には、千葉県流山市のおおたかの森センターで「わんわん読書会」が行なわれている。さらに、2020年2月18日、長野県伊那市の伊那図書館での「わん読」には、小学生10人と県動物愛護会の犬7頭が参加している。

パルのおかげで、「読書介助犬」のことを知ることができた。パル、ありがとう。でも君には読み聞かせをすることはなかったね。もっぱら、私の愚痴を聞いてくれた。君は私の愛しい「グチ犬」だ。
最後に紹介したいのは、サイト「犬が主人公の本」だ。「読書介助犬」のことを調べているうちにこのサイト出会った。なんと230冊の「犬の本」が収録されている。大労作である。

*河内鏡太郎(かわち・きょうたろう)「愛と勇気の図書館物語
河内は兵庫県西宮市にある武庫川女子大学の附属図書館館長・教授。元読売新聞大阪本社専務取締役・編集局長。2010年から連載しているこのコラム、元新聞記者によるすばらしい本についての物語だ。
**「burnet hillのパートナーたち
(当コラム(67)を参照)
***『フィンランド公共図書館――躍進の秘密』(吉田右子他編著、新評論、2019)同書が、フレデリック・ワイズマン監督の映画『ニューヨーク公共図書館』(当コラム(26)を参照)にインスパイアされて出版されたことは明らかだ。