(48)九段下・耳袋 其のろく
[2019/11/29]

まずは追伸。前回のコラム(47)でふれた、8月に亡くなった池内紀(いけうち・おさむ1940〜2019)さんのこと。先日、宇江さんと電話で話をして、教えていただいたことがある。宇江さんは池内さんとたった1回だが山行を共にしたことがあるという。その時、池内さんは雑誌『山と渓谷』にエッセイを連載されていて、その取材もかね、カメラマンや編集者を引きつれ、さらに宇江さんも誘って、熊野の山に登ったそうだ。この連載は都合3年も続き、2001年(平成13)に単行本『日本の森を歩く』(山と渓谷社)となった。このことを宇江さんはある雑誌の連載でふれている。それはエッセイ「還暦考」で、1999年のことだ。

それによれば「昨秋(1998年)、ドイツ文学者で作家の池内紀氏と、大塔山に登った」とある。宇江さんがちょうど還暦をむかえたときである。同行者の中には地元の山岳愛好家もいて、さらに大阪から小菅陽子さん(後の芥川賞作家となった石井遊佳さん)が参加したという。石井さんのお母さんは宇江さんと小学校の同級生なのである。

この「還暦考」は「宇江敏勝の本 第2期」の第6巻、『山河微笑(さんがびしょう)』(2009年)に収められている。10年前に出したこの本の中身を私はすっかり忘れている。しかし、やさしい宇江さんは怒らない。

田仲のよ、加藤雅毅そして加藤久子さん

先日、2年以上ご無沙汰している方から、メールをいただいた。
ご本人のお許しを得て、ここに紹介させていただく。

村山恒夫様

宇江敏勝さんのドキュメンタリーを拝見致し、数冊のご著書に励まされました。

実は9月の台風15号に加え、19号で、千葉県安房郡鋸南町の別荘が杉の大木の倒木で被災いたしました。仕事場としても使えるようにと、加藤と建てた家です。

当初はあまりのショックで、修復は無理かもと落ち込みましたが、プロのボランティア集団や県の林業組合の専門家たちの曲芸的な伐採技術で、屋根の大木が取り除かれました。

我が家に限らず、周囲の杉山の多くが根こそぎ倒木しています。林業組合の方によれば、手入れをしない事により、死んだ山になっているのだそうです。

そんな折、加藤が所持していた宇江さんの著書を一気に2冊拝読したのです。

伐採した裏山も持ち主の後継者もいません。宇江さんのおっしゃる落葉樹(針葉樹でなく)の苗木を植えて蘇らせることなどを考えさせられております。

建物は屋根の修理、内壁の張り替え、外壁塗装が終わり、やっと雨漏りから解放されました。

まだ剥がれたフローリングの張り替えなどの修理は残っておりますが、工務店も大量の仕事を抱え、年明けになりそうです。

息子の淳もボランティアをしながら避難所体験をし、地域の共同作業に参加しながら、たくさんの事を学んでいます。新たな出会いもあり、父親が建てた家を守っていく決意をしているようです。今後ともよろしくお願いいたします。

長いご報告、お許しください。

加藤久子

9月から続いた台風の襲来、とくに房総半島は被害が大きかった。加藤久子さんは、1980年代に新宿書房がたいへんお世話になった加藤雅毅さんの奥様で、沖縄文化の研究者である。田仲のよ著・加藤雅毅編『海女たちの四季—白間津・房総半島のむらから』(1983年、帯文=網野善彦)の誕生のいきさつは、本コラム(11)で紹介した。同書は田仲のよさん(1922〜96)、加藤雅毅さん(1936〜99)のお二人が相次いで亡くなったあと、2001年に『海女たちの四季—房総海女の自叙伝』として、装丁とサブタイトルを代えて再版している

この旧版『海女たちの四季』から、文化誌的に貴重な本がスピンアウトして誕生している。金栄・梁澄子著の『海を渡った朝鮮人海女—房総のチャムスを訪ねて』(1988年)である。のよさんの本から、海女仲間のなかに済州島からの出稼ぎ海女がいることを知った在日の若いふたりの女性が、房総半島のチャムス(済州島では海女のことをいう)のオモニ(お母さん)を取材する。のよさんや加藤さんの助けをかりて、5年をかけて竹岡、金谷、千倉など8ヶ所を訪ねたその記録が本書である。しかし、同書の末尾にと考えた、著者の二人によるチャムスの故郷・済州島への調査訪問は、当時は在日ゆえにかなわなかった。本書は第8回(1988年度)山川菊栄賞を受賞している。

加藤久子さから、またメールをいただいた。

村山様

ホテルのロビーで人待ちしながらつい長いメールをお出ししてしまいました。宇江敏勝さんのご著書は房総の家にありますが、多分『木の国紀聞—熊野古道より』(1988年)だったと思います。読み進めているうちに、斎藤たまさんの『生ともののけ』に関して触れておられた(「斉藤たまさんの旅」)ので、本箱を探したらありましたので、興味深く読ませて頂きました。
宇江さんのもう一冊は、『熊野草紙』(1990年)で草思社でしたね。 『山びとの記—木の国 果無山脈』は続けて読みたい本です。
被災はつらい体験でしたが、宇江さんによって森林のあり方を学び、改めて本の力を思い知らされました。
加藤久子

加藤久子(法政大学沖縄文化研究所国内研究員)

著書に『糸満アンマー ―海人の妻たちの労働と生活』(おきなわ文庫50、ひるぎ社、1990年)。『海の狩人沖縄漁民――糸満ウミンチュの歴史と生活誌』(現代書館、2012年、沖縄タイムス出版文化賞正賞受賞)。1998年から約10年間、沖縄県浦添市の『小湾(こわん)字誌』(写真集・記録集・戦中戦後編の三部編)の編集執筆に関わる。