(55)九段下・耳袋 其のく
[2020/1/24]

特集上映「戦後日本のドキュメンタリー再考」(1月21日〜3月8日、国立映画アーカイブ)が始まった。初日の最初の上映作品は柳澤壽男監督の『ぼくのなかの夜と朝』(71)だ。柳澤監督の本『そっちやない、こっちや──映画監督・柳澤壽男の世界』10冊とチラシ300枚をスーツケースに入れ、京橋に向かった。同上映会で後日かかる大内田圭弥監督の『’69春〜秋 地下広場』の特集本『1969新宿西口地下広場』(DVD付)や「キネマ旬報映画本大賞2018」で『そっちやない、こっちや』とともにベストテンに入った『村山新治、上野発五時三五分──私が関わった映画、その時代』もサンプルとして抱えていく。バリアフリー工事が真っ最中の地下鉄は難所、あまりの重さにウンウンと唸って運ぶ。

会場は「長瀬記念ホール OZU」で定員は308名、開映時間は平日の午後3時なので、入りは100名余だった。

樋口源一郎監督の『女王蜂の神秘』

今回の「戦後日本のドキュメンタリー再考」では、樋口源一郎監督の『女王蜂の神秘』(62、桜映画社)も上映される。『桜映画の仕事 1955→1991』(発行=桜映画社、発売=新宿書房、1992)によると、以下のような映画だ。

記録映画/カラー/35分/企画=中外製薬/製作=村山英治/演出=樋口源一郎/撮影=小林一夫/音楽=間宮芳生/解説=川久保潔

この映画は、文字通り製作スタッフが1年間ミツバチと寝食を共にして、女王蜂をめぐるミツバチ社会の神秘を冷静な科学者に目で解き明かした科学映画である。女王蜂を中心に数万匹が一糸乱れぬ秩序を保つミツバチ社会。学術指導は九州大学教授の桑原万寿太郎。文部省特選、パドヴァ国際記録映画祭牛頭賞(1963)、ベネチア国際記録映画祭青銅賞(1963)などこの年の賞を総なめした、動物行動学の優れた映画作品だ。

樋口源一郎(1906〜2006)は『真正粘菌の生活史』(97)そして遺作の『きのこの世界』(01)と、90歳代後半まで現役の映画作家として活動を続けた。樋口は製作者の村山と付き合いが古く、三井芸術プロダクション時代には、『声なきたたかい──まつけむしの一生』(55、演出・脚本=樋口源一郎、製作=三井高孟・村山英治)で一緒に仕事をしている。この作品は、樋口の映像作家生活にとって大きな転機になったといわれている。『桜映画の仕事 1955→1991』の中の「映画に生きる(私的回想)」で、『女王蜂の神秘』について村山は次のように書いている。

「この映画の撮影中、監督とカメラマンが張り合っていて、しっくりいってないと(現場から)言ってきたので、私はプロデューサーとして静岡県のロケ先に行ってみた。──カメラマンの小林一夫君はミツバチの巣にカメラをくっつけて蜂に刺されて「お岩さん」のような顔になって頑張っていた。ミツバチとカメラマンの対話で、監督は口を挟む余地がない。監督の樋口源一郎氏は民宿に引き揚げて撮影台本を推敲し、いい思いつきが頭に浮かぶと現場にきて「これが撮れるなら撮ってみろ」と小林君にいう。こんな緊張した張り合いがこの映画をよくした。」

このミツバチの「ダンス言語」を明らかにしたのは、西ドイツ(当時)のカール・フォン・フリッシュ(1886〜1982)というオーストリア出身の動物行動学者だ。「(監修の)桑原さんはこの映画ができると16ミリ版を携えて恩師のフリッシュ教授を訪ねた。先生は映画を観て『私もこういう映画を作りたかったが、ドイツで作れずに日本で撮れた』と喜ばれたという。」(同前、村山)フリッシュはニコ・ティンバーゲン、コンラート・ローレンツとともに、後年の1973年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。

映画の中の子供

ラピュタ阿佐ヶ谷での特集上映「映画の中の子供――ちいさな主人公たちの、おおきな、おおきな物語」(1月26日〜3月21日)が近く始まる。

ここでは桜映画社の2本の作品が上映される。『お姉さんといっしょ』(57)と『海ッ子山ッ子』(59)だ。『お姉さんといっしょ』は、白黒60分、企画=全国地域婦人団体連絡協議会、製作=村山英治、原作=筒井敬介、脚色=片岡薫、監督=青山通春。『海ッ子山ッ子』は、白黒70分、企画=静岡県婦人団体連絡会、製作=村山英治、原作・脚本=筒井敬介(NHK連続放送劇『でんでん虫の歌』より)、演出=木村荘十二。『お姉さんといっしょ』は、ベネチア国際映画児童映画展グランプリを獲得し、1957年9月から、松竹系で原田康子のベストセラー小説を映画化した『挽歌』(監督=五所平之助、撮影=瀬川順一)と2本立てで全国上映され、興行的にもヒットした。

なお、筒井敬介(1918〜2005)は須藤出穂(1923〜1998)と組んで、大ヒットしたNHK総合テレビの帯ドラマ『バス通り裏』(1958〜1963)の脚本を書いた。

『お姉さんといっしょ』に出演した、タッちゃん(船津たかひで)、お兄ちゃん(田中よしのり)、そして『海ッ子山ッ子』にゴリラ君(吉田春夫)、京助(高田恭朗)がどのような「昭和の子供」を演じているのか、見るのが楽しみだ。


『お姉さんといっしょ』タッちゃんとお兄ちゃん


『海ッ子山ッ子』ゴリラ君と京助

父、村山英治が三井芸術をやめて、桜映画を創立したのは、1955年。私が小学校3年の時だ。どの映画かは忘れたが、同級生数人とともにアフレコ(アフターレコーディング)にかり出され、隅田川べりにあった録音スタジオに行ったことがあった。映画のどれかに私の声が入っているはずである。