(119)九段下・耳袋 其のにじゅう

[2021/4/23]

●文さんの本がついに刊行!

本コラム(114)で紹介した文弘樹(ムンホンス)の本、『こんな本をつくってきた―図書出版クレインと私』(SURE、2500円+税)が版元から送られてきた。クレインの25年の社史、文さんの個人史であり、そして出版の社会史としても、貴重な本だ。
この本から発見した、いい話をふたつ紹介しよう。

◉文さんはクレイン創業2年後の1998年にエドワード・サイード、デービッド・バーサミアンの『ペンと剣』(中野真紀子訳)を出版する。なんと初版部数は3000、これはすごい数字だ。本書では、この『ペンと剣』が文さんよる「クレインの本一〇選」のトップバッターとして選ばれている(p80)。文さんは言う。「『ペンと剣』を出したとき、当時の太田出版の社長だった高瀬幸途(たかせ・よしみち)さんが四谷の事務所に鉢植えを持って来てくれてね。〈この本はいい本だ。こんな本を出すヤツはどんなヤツか、その顔を見に来た〉と言って、すごく褒めてくれた。」(p21)これはくやしいほどいい話だ。私にはこんな経験はない。その高瀬さんは2019年に亡くなった。
◉もうひとつ。巻末に「文弘樹 略年譜」がある。作家の黒川創とは、1977年、16歳の時以来の付き合いであることがわかる。「京都府立桃山高校入学。入学式で北沢恒(黒川創)と出会い、マージャン店へ。」とある。「あとがき」にも、このマージャンをやった時のいきさつが語られる。そして最後にこう書いている。「読者のみなさん、気になっていませんか。ところでその時のマージャンの結果はどうだったかと。(中略)これだけは断言できます。黒川創さんのマージャンの腕前は、〈たいしたことなかった〉。」

●村山新治、落穂拾い

スタジオジブリの鈴木敏夫さん(1948〜)が夕刊紙の連載(『日刊ゲンダイ』4月11日)でこんなことを語っている。
〈中学時代、ほかにも彼の胸に強く刻まれた女優がいる。それが佐久間良子である。「僕が中学1年生のときに、佐久間良子さん主演の青春映画『故郷は緑なりき』(1961年)が公開されました。これは富島健夫の原作を村山新治監督が映画化したもので、海辺の町を舞台に水木襄さん演じる貧しい青年と、佐久間さん扮する裕福な家庭の少女との純愛を描いているんです。一番衝撃的だったのはそれまで2人は純愛を育んできたのに、最後の方に水木さんが佐久間さんを雪の降るお墓の前で襲う場面があった。見たのが中学生ですから、ドキドキしました。実はこの作品、ジブリの映画にも少し影響を与えているんです。主人公の2人は満員列車でもみくちゃにされて、男の子が帽子を落とし、女の子が拾って、そこから彼らは親しくなる。それで『風立ちぬ』(2013年)を作っているときに、宮さん(宮崎駿)から『(主人公の)二郎と菜穂子の出会いを、どうしようか?』と相談されたので、2人は列車に乗っている設定だから、帽子を出会いのきっかけにしたらどうですかと、この映画のことを思い出して提案したんです。」〉

実は、私は村山新治(1922〜2021)と宮崎駿(1941〜)のふたりのことで気になっていることがある。宮崎駿は東京・練馬の大泉にある東映動画(現・東映アニメーション)に入社したのが1963年、すぐに労働組合運動にのめり込む。退社したのが1971年。この東映動画と道一本をはさんで隣にある東映東京撮影所。ここ東撮で村山新治は監督として映画を撮っていた。不思議な空間にいたふたり。彼らの間には、なにもつながりはなかっただろうが、なにかが気になる。

●「電線絵画展」その後

本コラム(118)で紹介した、電線・鉄塔本の4冊のうち、『東京鉄塔』(サイマルヒデキ、自由国民社、2007)がようやく図書館からやってきた。著者のサイマルヒデキさんは1950年生まれ。銀林みのるの小説『鉄塔 武蔵野線』(新潮社、1994)によって、鉄塔萌えにめざめたという。銀林さんの本のことを「鉄塔ファンにとってのバイブル的存在」と紹介している。そして、ブログ「毎日送電線」で文章と写真を掲載中とある。

しかし、参考サイトなどによると、サイマルさんは2017年6月11日に亡くなっている。著者略歴のなかで、「現在の夢は送電線をたどって北アルプスまで到達すること。」と書いていた。サイマルさんのこの夢、はたして実現したのだろうか。
本書の『東京鉄塔』には、「東京23区送電路線図」「鉄塔キャラクターズ図鑑」「鉄塔用語の基礎知識」など、おもしろい囲み記事が並ぶ。そういえば本書版元の自由国民社の看板本はあの『現代用語の基礎知識』だ。

参考サイト:
https://sarumaruhideki.hatenadiary.org