(54)下水道映画を探検する
[2020/1/17]

知られざる人々

この正月に小さな映画会をもった。昨年の5月の連休に行なった映画会に続く、2回目となる(当コラム(20)参照)。観客は18人。上映された映画のタイトルは『知られざる人々』。
東京の下町の広い通り。まだ十分な舗装もされていない。マンホールの蓋が開けられ、3本の丸太でヤグラが組まれている。上部にウインチを設け、手でワイヤーロープを上げ下げしてドラム缶を往復させ、下水管内の汚泥を引き揚げる。管内では一人の作業員がワイヤーロープの付いたドラム型の樽を押して汚泥を集めて前に向かう。地上にいる作業員が巻き上げるワイヤーの速度に合わせるのに工夫がいる。除去後の汚泥は海や埋立地に投棄される。全編ナレーションはなく、字幕以外にあるのは、現場から発生する作業音と男性コーラスだけだ。。

日本映画情報システム」で検索すると、この映画について以下のようなことがわかる。
製作会社=芸術映画社
公開=1940年(昭和15)10月30日
配給=東宝
上映時間=12分
東京市下水課の従業員の労働生活を記録
企画=村山英治(データベースでは残念ながら、「英二」と誤植。いま、訂正をリクエストしている)
監督=浅野辰雄
合唱=リーダー・ターフェル・フラレェイン

この映画は昨年の「山形国際ドキュメンタリー映画祭2019 」で《「現実の創造的劇化」:戦時期日本ドキュメンタリー再考》のテーマのもとに上映されていた。同映画祭での解説文にはこうある。

「東京中心部の下水設備で働く人々にカメラを向け、ナレーションを加えずに現場音と合唱の歌声で語らせた異色短篇。困難な撮影条件のなか、下水道内部に映える陰影や、労働者の表情を切り取ったクロースアップ、生々しく響く作業音など、実験的な技法が盛り込まれている。地面の下の〈知られざる〉労働に携わる人間を凝視する姿勢に、左翼運動出身の浅野の信条が垣間見られる。」

ほんとうに強く記憶に残る合唱の歌声だ。クレジットにある「リーダー・ターフェル・フラレェイン」のことを調べると、これが1925年(大正14)創立され、今もある「東京リーダーターフェル1925」という男声合唱団であった。ということは、この映画がドイツやソ連のドキュメンタリー映画に強く影響されていることがわかる。
村山英治(1912~2001)は私の父親であり、浅野辰雄(1916~2006)は戦後の作品『号笛(ごうてき)鳴なりやまず』(49)では父の弟つまり叔父の村山新治(1922〜)を助監督として使っている(『村山新治、上野発五時三五分』参照)という縁がある。
タイトルにある「知られざる」は、地下で繰り広げられる下水道の管理や掃除の仕事を形容するとともに、これに従事する人々をも指した表現なのだろう。屠場と同じように、下水道の管理、掃除に従事する人々は差別され蔑視される、いわば「見えない人間Invisible Man」(ラルフ・エリスン)、つまり「知られざる人々」なのであった。
この映画が撮影された時期は「東京市」だった。東京市は1943年(昭和18)まで、東京府の東部に存在した市である。その市には35の区があった。当時の下水道の普及率はどうだったのだろうか?単純に比較できないが、1965年(昭和40)の東京都の下水道普及率は35パーセントといわれ、現在はほぼ100パーセントといわれている。このことから考えると1940年頃の普及率は相当低いと思われる。その意味でも、この映画は下水道普及のための啓蒙的な目的をもっていたにちがいない。また、前年(1939年)に始まった第二次世界大戦はまだ遠いヨーロッパでの出来事であり、日本が本格的に参戦する前のまだ少しのんびりした空気感のただよう、東京の下町の一日を切り取った記録でもある。

下水道映画を探検する

図書館に行って、「下水道」に関する本を何冊か借りてきた。
『下水道東京100年史』(東京都下水道局、1989)
『絵で見る 下水道と下水処理の歴史』(申丘澈・佐藤和明共著、技報堂出版、2010)
『地下水道』(白汚零、草思社、2010)
『胎内都市 暗闇の世界にひろがる地下水道の迷宮』(白汚零、草思社、2018)
前の2書でも映画『知られざる人々』のことは記録されていない。後の2書はどちらも下水道写真集で、著者の白汚零(しらお・れい)はこれまでに全国300カ所の下水道を撮ってきたという、自称「日本唯一の下水道写真家」。『地下水道』では、75点の、『胎内都市』では80点の写真が収録されている。不思議なのは、二つの写真集の収録写真クレジットや「あとがき」でも「下水道」という用語を使っていながら、書名はどちらも「地下水道」を使っている。最初の写真集『地下水道』の写真は後述する『月刊下水道』に掲載されたというのに。

下水道の本をさらにいろいろ調べているういちに面白い本を見つけた。
『下水道映画を探検する』(忠田友幸(ちゅうだ・ともゆき)、海星社、2016)という新書版、266頁、全身黒ずくめ、まるで下水道管を抜け出てきたようなたたずまいの本だ。発売当時話題を呼んだというが、まったくの不勉強で知らなかった。著者は金沢大学工学部を出た後、名古屋市下水道局に入局、定年退職後、2009年から『月刊下水道』という雑誌に「スクリーンに映った下水道」という連載を開始する。本書はこの連載をまとめたものだ。

構成は「ネズミ」「災害」「モンスター」「逃走路」「強奪」「隠れ家」「脱獄」「歴史」の8章(scene)にわけ、全部で59のタイトルの東西の劇場映画を紹介している。各作品のあらすじを記し、映画に登場する「下水道」の場面から、それが実写であるかセットであるかを判定し、そのつくりの「うそ」も下水道専門家の目を通して指摘する。
当然、『レ・ミゼラブル』『第三の男』『地下水道』などの名作も俎上に載せる。『レ・ミゼラブル』はなんと6作品のバージョンもある。もちろん、第1作の主演はジャン・ギャバンである。
ポーランドの監督、アンジェイ・ワイダ(1926〜2010)の『地下水道』(57)は同年、カンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞した作品で、日本でも大ヒットした。原題はKanal、英語でいえばCanal、訳すと「用水路」か「水路」。これを邦題では「地下水道」とした。
ワイダの下でシナリオを書いてきた女性監督アグニェシュカ・ホランド(1948〜)の映画『ソハの地下水道』(11)の原題は英語でIn Darkness、これを日本の邦題ではワイダの名作にちなんでまたもや「地下水道」とつけた。
著者の忠田さんは、下水道専門家としてこれらの邦題に大いに不満にようで、『ソハの地下水道』の章で、「本作品の題名には、地下水道という耳慣れない言葉が使われている」とさらりと述べている。

いろいろ資料を探しているうちに珍しいものが出てきた。2007年3月から5月に東京品川の久米美術館で行なわれた「アンジェイ・ワイダ 絵コンテ展」のカタログ、『アンジェイ・ワイダ 1947−2000 演劇・映画絵コンテ』だ。このカタログの製作を支えたYさんからいただいたものだ。ワイダ監督もまだ当時は健在で、カタログに序文を寄せている。この中に収録されている、1枚の絵コンテを紹介しよう。


映画『地下水道』1957年 バリケード 主人公が地下水道を入る場面

さて、世は「地下空間ブーム」だとか。地下鉄博物館、「地下謎への招待状2019」のイベントや放水路見学などにたくさんの人が集まっている。しかし、はたしてそこにいる何人の人が下水道の「知られざる」作業とそれに従事する人々に関心があるだろうか。まだ「見えない」存在ではあるまいか。