(4)追悼 室野井洋子
[2017/7/17]

踊る編集者

 室野井洋子さんが亡くなった。それもほんとうに急なことだった。

 この数年、毎年春の4月か5月に、紀伊半島は熊野古道の近くに住む作家の宇江敏勝さん宅で、室野井さんはきまって京都から、私は東京から駆けつけ、「民俗伝奇小説集」(既刊6巻、造本=鈴木一誌)のその年の目次構成の検討に入るのが、いわば慣わしになっていた。

 今年の会合も予定通り、4月1日から2日、宇江宅での編集会議。ふだんと変わらない彼女だなと、私にはそう見えた。私が帰ったあと数泊延長して、帰りのLCC便を待つことも、例年と変わらない。しかし、宇江夫妻によれば、朝の散歩もしなかったようで、「結局体調不良のまま、外に出ず仕事をしました。」(4月13日のメール)。

 5月24日に「民俗伝奇小説集」新刊第7巻『熊野木遣節』の原稿整理をすませ、原稿データを送ってきてくれた。翌日25日のメールでは「二、三日前から話すと咳が止まらなくて、電話ができないのです」。

 5月29日にテキストのチェックの後、組版の原島康晴さんの手にわたり、6月1日には初校出校。ようやく病院に行ったようで、6月2日には入院して処置をしてもらい、「うまくいけば来週には退院して普通にくらせるよていです。」(6月2日)とメールが。そして「集中力がない、初校校正はパス、再校でふたたび参加する」という電話がきた。それでも、6月13日には律義にも詳細な「用語統一表」を送ってきてくれた。

 退院後、階段のない、一階の部屋に引っ越す、ついては私に保証人になってくれという。ほどなく、「東京だったら吉祥寺の外れみたいなところに引っ越しました。」(6月15日)とメールが来た。

 それから、ふたたび音信不通になり、心配になる。6月30日に再入院したことをあとで知り、高橋幾郎さんから7月3日に主治医から詳しい説明があるとの連絡があったが、翌4日の朝、「昨晩9時49分、亡くなりました。肺癌でした。」とのメールをいただいた。

 告別式は7月6日の午後2時から、札幌市の山口斎場(JR手稲駅近く)で行なわれ、札幌の友人たちおよそ30人と、横浜からお母さん、お姉さん、姪の3人の家族とパートナーの高橋幾郎さんに見送られ火葬された。生花や宗教的な儀式は一切ない、清い告別式だった。ここで私はブラジル在住の田中トシさんに久しぶりに会うことができた。

 室野井洋子さんは、1958年8月25日生まれだから、亨年58ということになる。私が1980年に平凡社をやめ、ほぼ休眠状態だった新宿書房を譲り受けた翌年の82年に知人の紹介で初めての社員として入社した。編集者として最初に担当したのは、如月小春さんのデビュー作の『如月小春戯曲集』(1982年、装丁=赤崎正一)。爾来、如月さんの数々の本は室野井さんの手から産まれ、その仕事は昨年2016年12月、如月さんの没後16年を記念して出版された『DOLL/如月小春精選戯曲集2』(装丁=赤崎正一)まで続いていた。

 室野井さんは3年ほどで新宿書房をやめて、軸足をダンス(舞踊)の方に移したが、しかし、フリーとしてずっと新宿書房の編集・校正を手伝ってくれた。踊る編集者の誕生である。

 1985年に出た、当時の写真植字メ―カ―の大手、写研から出版された『文字の宇宙』(構成=杉浦康平)の編集校正にも、室野井さんと私は参加させていただいた。

 室野井さんは、矢川澄子さん(1930~2002)にとてもかわいがられ、信州黒姫在住の矢川さんの東京宿としてあった、杉並の阿佐ヶ谷の家で一緒に住んでいたこともあった。矢川さんのエッセイ集『風通しよいように…』は、1983年刊行(装丁=渡辺逸郎)だが、矢川さんの発案で「十二支の物語シリーズ」は、1987年に第1巻『兎をめぐる十二の物語』(装丁=鈴木一誌)から始まった(これは、龍、蛇、馬、羊、猿まできて中断、結局未完に)。矢川さんの死後発刊された『ユリイカ』(青土社)2002年10月臨時増刊号「特集 矢川澄子」は、室野井さんが残した優れた仕事だと思う。

 山の作家・宇江敏勝さんの最初の本は1983年の『山に棲むなり』(装丁=吉田カツヨ)で、著作はのべ20冊を越えている。他に印象に残るのは、蘆原英了の本(装丁=田村義也)、『大地のうた』『プラハ幻景』(装丁=中垣信夫)、『エヴァの時代』(装丁=早瀬芳文)、『見世物稼業』『見世物小屋の文化誌』(装丁=谷村彰彦)、『S先生のこと』(装丁=杉山さゆり)、斎藤たまの本(装丁=伊藤昭、鈴木一誌)、黒川創の翻訳書や著作(装丁=南伸坊、平野甲賀)、などなど。

 最近は、新宿書房の仕事以外はあまりやっていなかったという。どうやって暮しているのかしらと心配したこともあった。

 室野井さんのダンスの経歴は美学校のサイトを参照のこと。
http://bigakko.jp/course_guide/aess/dance_info

 また、2000年から住まいを札幌市に移し、古本屋を始めたこともあった。そのいきさつは新宿書房のHPのブログに残っている。
http://www.shinjuku-shobo.co.jp/column/data_old/muronoi-yoko/muronoi.html

 室野井洋子さん、長い間、助けてくれてありがとう。


1996年果無山脈の渓谷にて(撮影:宇江敏勝)

 2017年7月10日

 新宿書房 村山恒夫

 PS:室野井洋子さんが出演した福間賢二監督の2作品:
http://movie.walkerplus.com/person/120303/