(51)オン・ザ・ロード・アゲイン・・・西世賢寿さんの出版を祝う会
[2019/12/20]

先日の日曜日の夕刻に東京・新宿3丁目の居酒屋で、元NHKディレクター、今はフリーの西世賢寿(にしよ・けんじゅ)さんの処女著作『路上の映像論―うた、近代、辺境』(現代書館)の出版記念会が開かれた。

集まったのは総勢50人あまり。NHKの関係者が多かった。女性の方もいたが、テレビの世界なのだろうか、現場の空気が漂い、芸達者が多く、たえず唄が流れる。男くさい、そんな匂いがする会だった。

次のような方々がいた。野中章弘(アジアプレス・早大教授)、篠原勝之(ゲ―ジツ家)、永田浩三(武蔵大学教授)、中西和久(俳優)、高山文彦(作家)、高澤秀次(文芸評論家)、ジャン・ユンカーマン(映画監督)、鈴木琢磨(毎日新聞)などなど。

実は西世賢寿さんは、2019年1月に放映されたNHKEテレ『こころの時代 山の人生 山の文学 作家・宇江敏勝』を取材・演出した方なのだ(当コラム10および47を参照)。うれしいことに、同番組は10月になってアンコール放映された。

この日の出版記念会に出席できず、かわりにメッセージをお寄せになった4人の方がいた。金城実(彫刻家)、金時鐘(キム シジョン、詩人)、毛利一枝(装丁家)、そして宇江敏勝(作家)である。

私はこの会で、宇江さんのメッセージを代読する代役(大役)をおおせつかった。宇江さん、そして西世さんのお許しをえたのでここに再録させていただく。

西世賢寿著『路上の映像論』を読んで 

作家 宇江敏勝

昨年の秋、おもいがけなくも西世さんの取材を受け、「山の人生 山の文学 作家・宇江敏勝」として、Eテレ番組で1月27日に放映されました。

紀州熊野の山中で七十数年の昔に炭を焼いた窯の跡を訪ね、また私の本も何冊かを朗読して、丁寧に紹介してくださいました。

私が番組にどうして指名されたのか、今でもよくわりません。私も『路上の映像論』を拝読するまで、西世さんのお仕事についてなにも存じ上げませんでした。

映像では表現しきれなかったおもいを、文章にされたのでしょうか。映像の中の風景や人物や唄声が生々しく立ち上がってせまってくるような感じがします。これらの映像をじかに見たいとつよくおもわずにはいられません。

「大菩薩峠」の世界、福島の原発事故、沖縄の苦難の歴史と島唄、河内音頭のくどきとともに浮かび上がる釜ヶ崎、被差別、ハンセン病、在日などの人間模様、近代の縁(ふち)や底辺の人々にふかい共感をおぼえるのは、私もまた辺境に生きてきた炭焼きだからです。

奄美大島の流浪の唄い手、里国隆*の地面から湧き出るようなどす黒い声もまざまざと伝わってきます。また付録のCDでもたっぷりと聞かせてもらいました。

詩人、金時鐘と吉増剛造の原発への深い憤りもできます。詩の世界へも立ち入って、西世さんの鋭い感性の言葉が光ります。

原発や核兵器と米軍の沖縄基地という、日本人がさけて通ることのできない問題に、しっかり向き合っていることに、深い共感をおぼえました。

この本が多くの人々に読まれますように願っております。

紀州熊野の山中から 宇江敏勝

*里国隆(さと・くにたか 1919〜85)

この『路上の映像論』には、付録のCDがあり、「辺境に響くうた」というタイトルで13の楽曲が入っている。また奥付を見ると、編集=原島康晴、組版=エディマン、装幀=毛利一枝とある。

そうなのだ。この本の編集、組版、校正までのすべての仕事を一切やったのが、個人出版社・エディマンを主宰する原島康晴さんなのだ。原島さんは、新宿書房と事務所をシェアしている仲間である。私とほんの3メートルしか離れていない隣人なのである。

この本の企画が立ち上がったのは20年前、実際の編集が始まったのは今年の5月だそうだ。以来、私は詳しい内容は知らないままに、同じ部屋にある机に向かって仕事をしている原島さんが、西世さんを相手に苦闘し、お互いに原稿の直しなどの激しいやりとりをするところを、ぼんやりと見ていたのだ。

そして、装幀(装丁)の毛利一枝さん。ほんとうに懐かしい!毛利さんは九州在住のデザイナーで、すでに1000冊を超える装丁をしている。この中には、先日アフガニスタンで銃撃を受け死亡した中村哲医師が石風社から出した初期の本の装丁もしている人だ。

実は新宿書房はこの毛利さんにお願いして装丁をしてもらったことがある。ケルアックの『ビッグ・サーの夏…最後の路上』とブコウスキーの『ブコウスキーの「尾が北を向けば・・・」』だ。ケルアックの『路上』(オン・ザ・ロード)と同じタイトルを冠し、「あとがき」にもオンザロードを記した、西世さんの本。このあたりに、なにか妙な縁を感じる。

   

西世さんの本をひとり編集、組版、校正までして大いに苦労した原島さんが、この出版記念会では、なんと版元のかわりに司会までしている。どこまでも西世さんと組んで、構成編集をしている。会場の手配からお知らせの手紙、プロジェクターやスクリーンの借用、式次第の用意、さらにはなんと宴会現場での段取りまで。その司会もみごとな編集ぶりだった。2時間はあっという間に終わった。

宇江さんの民俗伝奇小説集の最新刊の『牛鬼の滝』(装丁=鈴木一誌、本文組版=原島康晴、月報組版=下田麻亜也)、この月報に西世さんは、「山の人生・宇江敏勝さんの小説世界」という素敵な文章を寄せてくれた。西世さんとは電話、メール、郵便のやりとりだけで、原稿をもらい、校正も済ませた。そういうわけで、西世さんには、この出版記念会で初めてお会いできたのである。

この1年、西世さんの番組のおかげで、宇江さんの本が動いた。まさに新宿書房には干天の慈雨であった。西世さん、ほんとうにありがとうございました。そして新著の刊行、おめでとうございます。


リハーサル中の西世さん

そして、原島さん、ご苦労さま。著者と編集者が最後まで、そして刊行後のいまも、仲良くしていること、その本にとってほんとうに幸せな運命である。