(80)見残しのひと
[2020/7/17]

昨日(7月13日)、朝日の記者の方から電話をいただいた。「久木綾子さんが亡くなれたそうですが、なにかご存知ですか」久木綾子さん……。ずいぶん、長いことお会いしていなかったので、私の方が驚いた。最近はまったくお会いすることもなかった。お元気だったのだ。その晩おそく、ニュースサイト(朝日新聞DIGITAL)には、次のような記事が現れた。

作家の久木綾子さん、100歳で死去 89歳でデビュー
作家の久木綾子さん(ひさぎ・あやこ、本名池田綾子〈いけだ・あやこ〉)が13日、老衰で死去した。100歳だった。葬儀は家族葬で営まれる。喪主は長男正之さん。
2008年「見残しの塔」で作家デビュー。「89歳の作家」として話題になった。他の著作に「禊(みそぎ)の塔」。

さらに時事通信配信のウェブ記事からは、「13日午前8時54分、横浜市の福祉施設」で亡くなったこともわかった。

久木綾子さん(1919〜2020)は、新宿書房から歴史長編小説『見残しの塔―周防国五重塔縁起』(2008年9月)を出版して小説家としてデビューした。
『見残しの塔―周防国五重塔縁起』のサイズは、天地186ミリ・左右148ミリのA5変型判。上製(ハードカバー)本で、364頁。装丁・装画は桂川潤さん。巻頭の絵地図は松下千恵さんにお願いした。
松下さんは「わかやま絵本の会」を主宰されていて、熊野の山の作家・宇江敏勝さんの古くからの知り合いだった。私も何回か、宇江さんや松下さんに連れられて熊野古道を歩いたことがある。その松下さんは3年後の2011年8月18日に、61歳で急逝された。
また、歴史地名のチェックについては、知り合いの日本歴史地名大系編集室の方に協力してもらった。久木さんの本作にかけた「取材14年、執筆4年」の労苦に応えようと、私たちは丁寧な本造りにあたった。


本表紙


本扉

『見残しの塔』は2008年9月に刊行され、翌年2月までの半年間、それなりの書評が出て、売れ行きも6割近くかどうかと、「新宿書房としてはマズマズの成績」だった。まさに「既刊好評発売中」の本になっていた。

そんな時、『絵地図師・美江さんの東京下町散歩』(2007)の著者の高橋美江さんに会う日があった。そして、佐野剛平さん(1941〜)を紹介してもらう。佐野さんはNHKのアナウンサーを経て、当時はNHK文化センターに所属し、横浜や青山で数々の文化講座をプロデュースしていた。いまや人気講座になっていた美江さんの「町歩き講座」も佐野さんの手で誕生していた。佐野さんは同時に『ラジオ深夜便』の番組制作にもかかわり、「こころの時代」のコーナーではインタビュアーを担当していた。さっそく、佐野さんに会って、『見残しの塔』を読んでもらい、「こころの時代」のゲストに久木綾子さんはどうでしょうかと、いそいで検討してもらうことになった。同時に久木さんにも会ってもらった。
まもなく佐野さんからオーケーの知らせが来た。収録当日、私は久木綾子さんと共に、渋谷のNHKに行く。スタジオのガラス越しに二人の番組収録に立ち会った。こうして『ラジオ深夜便』「こころの時代―瑠璃光寺五重塔に魅せられて」(聞き手=佐野剛平)が、2009年3月1日(日)と2日(月)の2日間、いずれも早朝4時〜5時の時間帯に放送されたのだ。
2回目の放送が終わった直後の月曜日の2日。事務所の電話は、午前中から鳴り続けた。書店だけでなく個人からの電話注文が殺到した。200万人のリスナーがいるという『ラジオ深夜便』。多くのリスナーたちは、早朝に流れる久木綾子さんの美しい声とその素晴らしい話に文字通り魅せられたのだ。そして『見残しの塔』は大ブレークする。この『ラジオ深夜便』は4月27日、28日に早くも再放送もされる。

この大ブレークがどのように展開されたのか、新宿書房のHP内に残っている「過去のトピックス」から、久木さんの関連記事だけひろってつないでみると、おおよそのことがわかる。

2009年
①『見残しの塔』の著者、久木綾子さんが、3月1日(午前4時)、2日(午前4時)の2回にわたってNHKのラジオ深夜便「こころの時代」に出演されます。

②先日、HPでお知らせしたように、3月1日、2日の朝4時からのNHKラジオ深夜便「こころの時代」に久木綾子さんが出演されました。その2日の午前中から、小社には書店、個人の方から電話が殺到。大げさでなく、トイレも食事にもいけない状態に。翌日、在庫が一掃。重版を決定。しかし、電話はその後も鳴りやまず、この状態は次の週の9日になっても続き、ようやく静かになったのは13日ごろでした。NHKのコールセンターへの問い合わせも、かつてない数にのぼったようです。みなさん、久木さんのお話に魅せられたようです。〈いくつになっても、いつはじめてもいいのだ〉という言葉が、あるブログに書かれていました。

③『見残しの塔』の著者の久木綾子さんが3月1日、2日にNHKラジオ深夜便[こころの時代]に出演して、リスナーから大反響があったこと、すでにお伝えしました。4月27日、28日の朝4時からのアンコール放送が決定しました。また、5月18日発売の『ラジオ深夜便』6月号に放送分が収録されます。

④久木綾子さんの『見残しの塔』の6刷ができました。NHKラジオ深夜便「こころの時代」、月刊誌『ラジオ深夜便』6月号の反響が続いています。5月24日には朝日新聞の書評欄に広告を出しました。

⑤『見残しの塔』の6刷ができました。6刷版から、3刷版より投げ込み付録だった「特別付録◆登場人物関係系図◆主な登場人物」が本文巻末に収録されました。初版・2刷の読者の方で、この特別付録をご希望の方にはお送りします。お申し出ください。なお、6月14日の朝日新聞書評欄に広告を出しました。

⑥『見残しの塔』が重版!7刷が出来ました。
久木綾子さんの『見残しの塔』の話題が続いています。2009年8月1日の朝日新聞夕刊(一部地域では8月2日)の「こころ」欄の「語る人」に登場(聞き手は久保智祥記者)。タイトルは「規矩ある生と出会う」。掲載後、全国から注文が殺到。すぐに品切れに。読者の皆様にはご迷惑をおかけしました。現在在庫はございます。久木綾子さんは現在、次回作、 羽黒山の五重塔の物語『禊(みそ)ぎの塔』(仮題)の執筆、取材に駆け回っています。久木綾子さんはさる8月7日、満90歳の誕生日を迎えられました。8月下旬には山形・羽黒山にまたお出かけになられます!まさにスーパー作家です。

⑦朝日新聞9月13日読書欄に広告を出しました。

⑧『見残しの塔』の著者、久木綾子さんが次回作の取材で羽黒山の五重塔のある鶴岡市を訪れました。
次回作は『禊(みそぎ)の塔』。2010年の初夏には出版の予定だそうです。久木さん、がんばって下さい。新聞記事は『荘内日報』2009年10月22日。

2010年
⑨『見残しの塔』の著者、久木綾子さんが3月6日(土)の山口市で行われる、NHK「ラジオ深夜便FMウォークin山口」に登場します。詳細は雑誌『ラジオ深夜便』2月号(p126~127)をご覧ください。

⑩以前、お知らせした3月9日の〈アンカーと歩く ラジオ深夜便FMウオークin山口〉は大盛況。
『見残9しの塔』の著者・久木綾子さんのトークに参加者も大満足。
その報告です。( ラジオ深夜便5月号

⑪久木綾子さんの来月出版予定の『禊の塔』が『荘内日報』6月10日に取り上げられました。

⑫東京新聞・北陸中日新聞「こちら特報部」欄に久木綾子さんが登場。

⑬朝日新聞「ひと」欄(6月16 日)に久木綾子さんが登場。新作『禊の塔』について語ります。

⑭新刊『禊の塔』の著者、久木綾子さんがラジオ深夜便に出演します。7月9日午前1時台〈列島インタビュー 久木綾子「五重塔、再び」 聞き手・柴田祐規子アンカー〉

⑮山形県鶴岡市にある〈いでは文化記念館〉では、国宝羽黒山五重塔特別企画展〈『禊の塔』が語る願 い…~日本の国宝五重塔を訪ねて~〉を開催しています(7月3日~11月28日)。『禊の塔』の執筆にあたり、作者の久木綾子さんに屋根葺きの技法を教授された芳賀正長さんによる柿葺(こけらぶき)に関する資料、実演写真が展示されています。

⑯久木綾子著『禊の塔ー羽黒山五重塔仄聞』が、日本図書館協会の選定図書(平成22年7月21日選定)に選ばれま した。

⑰『禊の塔』の著者の久木綾子さんが、10月16日の羽黒山五重塔下でのトークショーの打ち合わせのために鶴岡市役所を訪問。『荘内日報』9月3日から。

⑱10月16日、『禊の塔』の発刊を記念して、出羽三山神社などの共催で羽黒山五重塔の下で、久木綾子さんのトークショーが行われます。司会は明石勇・ラジオ深夜便アンカーです。『荘内日報』9月8日から。

⑲7月9日に放送された「ラジオ深夜便」久木綾子さんインタビュー〈五重塔、再び〉が雑誌『ラジオ深夜便』10月号に再録されました。巻頭カラーも羽黒山五重塔特集で圧巻です。

⑳0月16日に鶴岡市の羽黒山五重塔前でのトークショーは大成功でした。その報告および弊社よりのご挨拶です。

2009年3月から2010年10月まで、この「久木綾子劇場」では追加公演、さらに追加公演とロングラン興行が続いた。まさに『ラジオ深夜便』、恐るべしだ。そして、この公演中のさなかの2010年7月15日には久木さんの手になる塔の物語の第2作、『禊の塔―羽黒山五重塔仄聞(そくぶん)』を新宿書房は刊行する。装丁・装画・絵地図は桂川潤さん。


本表紙


本扉

久木綾子さんとお会いしてからあっという間の5年が過ぎた。そしてこの時間の中で生まれた2冊の本のおかげで、久木さんとお仲間たちと一緒にほんとうに楽しい旅ができた。山口の瑠璃光寺五重塔、山形県鶴岡の羽黒山五重塔、そして宮崎県の椎葉村……。3冊目の新作の原稿整理も始まりつつあった。宇江敏勝さんとの往復短編連作集の企画もスタートし、宇江さんからは既に2編が入っていた。
毎日のように電話をいただき、赤坂のご自宅には頻繁にうかがった。まるで作家番の編集者のような体験をさせてもらった。そして、いつからかだんだん電話も少なくなり、縁遠くなっていった。そんなある日、久木さんから電話をもらった。「またゆっくり会いたいですね」というと、久木さんは「村山さん、私たちはいつでも会えるし、いつでも会っていますよ」
その言葉がいまでも耳に残っている。

『見残しの塔』は2012年1月、文春文庫版が発売された。文庫本には新宿書房の親本にあった、優れた短編小説のような「あとがきにかえて」がなくなり、かわりに「解説 桜井よしこ」と久木さんによる「文庫あとがき」が入っていた。
こうして私の『見残しの塔』は、ほんとうに遠く彼方へと去っていった。