(39)小さな小さな美術館から未来へ、走る
[2019/9/27]

いま原爆の図丸木美術館の学芸員・岡村幸宣さんの本を作っている。『《原爆の図》全国巡回』(2015)についで、新宿書房にとっては2冊目の岡村さんの本だ。タイトルは『未来へ―丸木美術館学芸員作業日誌2011〜2016』(仮)だ。
昨年から本の企画が立ち上がり、今年の4月から製作がスタート、いま、まさに9合目、頂上まであとわずか、11月は無理でもなんとか12月までには出したいと思っている。著者(岡村さん)、編集者(私)、校正者(Sさん)、デザイナー(杉山さゆりさん)、だれが粘っているかはわからない。ともかく、産みの苦しみの最中である。
本書は、2011年から現在までを時間軸に、2011年から2016年までをフォーカス、アミ伏せし、丸木美術館学芸員・岡村さんが、埼玉県東松山市にある小さな美術館(岡村さんを入れてわずか3人の職員!)の真ん中に丸木夫妻が残した「原爆の図」を置き、どのような企画展や「原爆の図」巡回(館外)展を展開してきたかを、調査・研究・交流の記録も含めて、作業日誌として構成したものだ。2015年の「原爆の図」米国3都市巡回展では、なんと1年間で7回も渡米している。その目まぐるしい動線は日誌の月日の下に記されている地名を見てもよくわかる。また各頁の脚注の人物解説、巻末の人物索引は、1巻の『丸木×岡村・交流人名事典』にもなっていて、これをご覧になれば、文字通り東奔西走する岡村さんのフットワークをさらに理解されるにちがいない。

2001年、大学を卒業し、丸木美術館に来た当時のことを、岡村さんは本書プロローグに次のように書いている。

——大学を卒業する頃、事務局長の鈴木茂美さんに、ここで働いてみないか、と声をかけられた。美術館には学芸員がいなかった。けれども、そのときは、嫌です、と断ってしまった。この美術館に学芸員の仕事が必要なのか、どうか。墓守のようにして、ただ歳月が流れてしまうのではないかと、不安だった。

それが丸木美術館にきて20年、若いアーティトたちとの出会いを重ねてきた岡村さんは、エピローグではつぎにように書くまでになった。

——「原爆の図」を知らない客層が、美術館に足を運び、丸木夫妻の仕事を再発見する。作家たちも絵と対峙することで、有形無形に影響を受けていく。(中略)それぞれの仕事に「原爆の図」の精髄が注ぎ込まれていく。

この本を編集し、2011〜2016に焦点をあてて、岡村さんの仕事をたどっていくと、それは岡村さん個人の仕事から、この小さな美術館を舞台に、現代美術の、いや日本社会の未来へと、小さく細い道が続いていくのが見えてくる。
そしてあらためて学芸員とは走り回る人、ランニング・キュレーターだということを納得する。実際、彼はニューヨークでもパラオでも、そして広島や東松山でも街の中を走っている。最初、本書のタイトルを『走る学芸員——丸木美術館学芸員作業日誌』を提案したところ、岡村さんからはすぐに却下された。しかし、私はこの書名を今も大事にポケットの中にしまっている。

判型:四六変形 ソフトカバー 324頁 価格未定