(52)九段下・耳袋 其のはち
[2019/12/27]

黒川創さん、大佛賞を受賞

黒川創さん(1961〜)が『鶴見俊輔伝』(新潮社)で第46回大佛次郎賞を受賞した。
黒川さんは作家のかたわら、妹の北沢街子さんと一緒に、編集グループSUREを主宰、 精力的な出版活動も展開している。
なかでも、多くの鶴見俊輔さん(1922~2015)関連の本を出版してきた。京都生まれの黒川さんは、1966年に京都ベ平連の事務局長になった父親の北沢恒彦に手を引かれ、鶴見さんらと一緒にデモに参加する。黒川さんが5歳の時だ。そういう長い付き合いと冷静な観察から、この本は生まれたのだと思う。
増補版『敗北力Later Works』は、鶴見さんの没後3年記念出版として2018年8月に〈SURE〉から刊行された。このなかで「戦後の思い出から―田村義也のこと」が興味深い。これは『背文字が呼んでいる 編集装丁家田村義也』(武蔵野美術大学美術資料図書館、2008年。同年8月、9月に同大学で行われた展示会の図録)からの再録だ。

  

鶴見さんは同文のなかで、ふたりの編集者の名前をあげている。
岩波書店の田村義也(1923〜2003)と鈴木均(1922〜98)だ。鈴木均は平凡社の編集者時代に、思想の科学研究会内の転向研究会の『共同研究 転向』の刊行に携わった。編集は1年の予定が8年に。刊行は1959年から始まり、1巻の予定が3巻になり、1962年に完結した。結果として『共同研究 転向』は大いに売れたが、鈴木均(愛称、キンちゃん)は責任を取らされ、営業に飛ばされ、百科事典の販売で地方回りをすることに、そして平凡社を辞めていく。このキンちゃんのことを鶴見さんは追悼集『悼詞(とうし)』(〈SURE〉、2008年)のなかで、一章をさいて、「私にとって生涯忘れることのできない編集者である」と書いている。(このあたりのことは、『死ぬまで編集者気分』(小林祥一郎著、新宿書房、2012年)に詳しい。)
田村義也は岩波時代には編集者として活躍するかたわたら、日曜装丁家として、ごく親しい著者たちの装丁を人知れず手がけていた。公に装丁者のクレジットを入れた初めての本が、多田道太郎の『複製芸術論』(勁草書房。1962)であり、鶴見の『限界芸術論』(勁草書房、1967)は田村装丁の10冊目の本である。箱入りの本で、箱、表紙ともスクリーン印刷を用いて、強い印象を残すデザインだ。

さて、黒川創さんの話に戻す。新宿書房は〈SURE〉に東京の印刷所を紹介していることもあり、かつては一部の書籍の発売元にもなった仲である。そして小社でも、黒川さんに以下の書籍でお世話になった。前2書は彼が30代の頃の仕事である。

 1)『〈外地〉の日本語文学選』(1:南方・南洋/台湾、2:満洲・内蒙古/樺太、3:朝鮮、黒川創編、1996)
2)『アンビヴァレント・モダーンズ 江藤淳/竹内好/吉本隆明/鶴見俊輔』(ローレンス・オルソン著、黒川創・北沢恒彦・中尾ハジメ共訳、1997)
3)『日高六郎・95歳のポルトレ』(黒川創著、2012)

私は黒川さんの評伝や伝記の作品が好きだ。なかでも文化学院の創設者、西村伊作(1884〜1963、和歌山県新宮市出身)を描いた『きれいな風貌 西村伊作伝』(新潮社、2011)や、鶴見俊輔や姉の鶴見和子などが乗った『日米交換船』(鶴見俊輔・加藤典洋・黒川創共著、新潮社、2006)などがいい。
ひとの懐を心配する前に自分の懐を心配しろと、すぐに脇から声が飛びそうだが、やせ我慢して大学教授などにならず、筆一本で幼子を抱えながらがんばっている黒川さんとその一家。大佛賞の副賞のことを聞いて、ほんとうによかったなと思う。

国立映画アーカイブ 上映企画「戦後日本ドキュメンタリー映画再考」

国立映画アーカイブでは、2020年の1月から3月にかけて(2020.1.21—3,8)、66作品を上映する。
https://www.nfaj.go.jp/exhibition/documentary201912/
その中で、新宿書房から刊行されている映画本に関連する3作品が上映される。トップを切って上映されるのが、柳澤壽男監督作品である。

 柳澤壽男監督『ぼくのなかの夜と朝』(70)→『そっちやない、こっちや 映画監督・柳澤壽男の世界』(岡田秀則+浦辻宏昌編著、2018年)
大内田圭弥監督『‘69春〜秋 地下広場』(70)→『1969新宿西口地下広場』(大木晴子+鈴木一誌編著、2014年)
樋口源一郎監督『女王蜂の神秘』(62)→『桜映画の仕事1955→1991』(発行=桜映画社、発売=新宿書房、1992年)

また、佐藤真監督の作品も2作上映される。そのうちの1本『阿賀の記憶』(2004)のキャメラは、柳澤作品に参加し、書籍『そっちやない、こっちや』でも執筆、取材協力していただいた小林茂さんである。

  

2019年の文化社会事件で最大の話題は、あいちトリエンナーレでの、「表現の不自由展・その後」の展示中止、展示再開、だろう。新宿書房の『《原爆の図》全国巡回』(2015)の著書、岡村幸宣さんは、8月3日に展示中止以来、コメンテーターとして各メディアに積極的に登場した。
主なものを紹介すると、まず、8月10日の『サイゾーウーマン』の編集部インタビュー*、9月5日のNHK『クローズアップ現代』にゲスト出演、そして『月刊Journalism』11月号特集⁑や『あいちトリエンナーレ「展示中止」事件』(岩波書店)⁂への寄稿などである。
この岡村さんの新刊が新年2020年2月に新宿書房から刊行される。

では、1月にまたお会いしましょう。

* https://www.cyzowoman.com/?s=岡村幸宣
⁑特集「不自由」な国・日本 岡村:成熟していないこの国の「公」の意識                    「少女像」のとなりで感じた普遍性
⁂第3章 丸木美術館で展示された「少女像」