(10)こころの時代 山の人生 山の文学 作家・宇江敏勝
[2019/2/23]

「熊野古道に近い和歌山県田辺市中辺路町に暮らす作家の宇江敏勝さん(81)。炭焼きの家に生まれた宇江さんは、自ら炭焼きや山林労働者として働き、山人たちの暮らしをつづった数々のルポルタージュを発表してきた。そして2011年から果無山脈や十津川などを舞台に、山の民の信仰や伝説を描いた民俗伝奇小説を書き継いできた。熊野に生き、そして書いた、宇江さんのはるかなる山の人生と文学について語っていただく。」(NHK EテレHPの番組情報より)

1月27日(日)朝5時から、そして再放送は2月2日(土)午後1時から、Eテレで1時間にわたって『こころの時代 山の人生 山の文学 作家・宇江敏勝』が放映された。

番組では西世賢寿ディレクターが聞き手として登場。宇江作品を深く読み込んできた西世さんがガイド役になって、いくつかの作品についての質問がなされ、宇江さんがこれに答える。丁寧な取材によって、宇江さんの暮らす熊野の美しい山里が紹介され、宇江さん自身による作品解説が続く。そして幼い頃、両親が炭焼きとして働いた炭窯の跡を訪れる。ここは今や周囲が樹木に覆われているが、炭窯跡はしっかりと残っている。さらに、かつて暮らした川や谷へと案内される。自宅近くにある樹齢800年の一方杉の巨木の根元に立つ宇江さん。この老杉は明治末期の神社合祀によって伐採の危機にさらされたが、民俗学者の南方熊楠らの尽力により保存された。初冬の美しい熊野の自然がなおも映し出される。最後に、すでに刊行されている宇江さんの8冊の「民俗伝奇小説集」が、表紙の写真、目次の写真のカットを織りまぜながら紹介されていく。

まさに「宇江敏勝さんの山の人生 山の文学」が見事なドキュメンタリーとして構成されている、すばらしい1時間だった。

私は、宇江さんの最初の単行本『山に棲むなりー山村生活譜』(1983年)を出版した時を思い出した。初めてお会いし、お宅に泊めていただいた翌朝早く、まだ林道もつくられてない果無山の山頂を目指してひたすら小走りに登る。途中の山道から、多くの人々が植林の作業をしているのが見える。雨のなか、山頂につき、反対の高野山側から登って来る宇江さんの同人誌の若い仲間たちを待った。本の出版の打ち合わせの前にまず、私の根性が試されているようだった。「俺の本を本当に出すのか?本気で最後まで俺と付き合えるのか?」私ははたして、その実技試験に合格したのであろうか。なんとか、それから、40年近くの歳月がたっている。

放映後、視聴者からの反応は、われわれの予想を超えるものがあった。電話、ファクス、メール、郵便物などさまざまの方法で宇江さんの本の問い合わせや注文が、いまも連日続いている。

ここで何枚かのハガキをご紹介しよう。「読みやすい。熊野の遠野物語」(女性、75歳)「嬉しい気持で読んでいます」(女性、83歳)「ことば、方言を文字に表わすのがうまい」(女性)「郷愁を覚える作品で、構成も上手でぐいぐいと引き込まれた」(男性、84歳)「私自身の父親を思いだしました」(女性、90歳)「民俗事象やことばなど忘れかけていたものがよみがえってきました」(男性、80歳) なかには、「このような作家を世に出してくれるなんて素敵な出版社です」(女性、75歳)と応援エールもいただいた。ほんとうに嬉しいかぎりだ。


最後にご紹介するのは、神奈川県平塚市にお住まいの山岸道子さんから、宇江さんあてにくださったお手紙。山岸さん、宇江さんのご了解を得て、ここに掲載させていただく。

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春の気配が嬉しい侯となりました。突然お便りさせて頂く失礼をおゆるしください。『森とわたしの歳月—熊野に生きて七十年』を拝読しました。先日偶然テレビでお話されておられるのを拝見し急ぎ、御著書を購入しました。
 森の中の木や炭の香り漂うような、そして、私(S16.8.16生)と同年代をすごされておられ・・・でも私の全く触れたことのない環境ですばらしい時をすごされた、七十数年・・・私は最近にない感動を覚えました。自然そのものの中で呼吸され、自然に触れられ、そして読書と、御執筆・・・私がしたいなあ・・・と思いつつ、ついに望みの少しも出来てない、時間をすごされてこられたのだと羨ましく存じます。
 私は満州から引き揚げて参りましたが、ずっと東京の杉並ですごしました。今より自然はありましたが、宇江さんのように木と共に呼吸しているような日々とは程遠いです。この年齢になり、夫が逝去して十年・・・自分にもう少し自然との交わりの日々があれば人間として“生”の満喫が出来たかしら・・・と思います。自然との中におられたので、数々読書もうけいれられ、深い思索の時ももたれたことでしょう。御家族のことも細かく愛情深く記され、御家族との絆の深さも感ぜられました。
 人生を終えようとする今の私、配偶者との死別という人間にとって最も厳しい試練をうけて、震えの止まらない日々を過ごしましたがやっと少し「懐かしい思い出」になりました。残りの命ある日々をどのようにすごしたらよいか、・・・と思います。宇江さんの御本をもっともっと拝読し、直接の体験でなくても、自然の息吹を感じていたいと思います。
 樺美智子さんの亡くなれた頃、私も友人に誘われてデモに参加し、「人々の幸せのためのデモ」中に・・・デモへの参加で命を落とされるなんて、と不思議な気持ちで涙しました。
 私は今、心臓も悪く、仕事はしていますが、長く歩くこともできませんが、私の友人で本格的登山をされている方が、是非宇江さんのこの本を読みたいとの事なので、御貸しします。
 知らない素晴しい世界を有難うございました。御自愛ください。

                                                         山岸道子
 宇江敏勝 様