(56)日本人名のローマ字表記と奥付
[2020/2/1]

いま、写真家・甲斐啓二郎(かい・けいじろう)さんの写真集『骨の髄(ほねのずい)Down to the Bone』 の最後の編集をしている段階だ。
この甲斐啓二郎写真集のキャスト&スタッフは以下になる。

発行日=2020年3月20日
著者=甲斐啓二郎
デジタイズ=西川茂
ブックデザイン=鈴木一誌+吉見友希
翻訳=シュテファン・ヴューラー
発行者=村山恒夫
発行所=新宿書房
印刷・製本所=光陽社
そして、写真集の体裁はこのようなものだ。
判型=26×25cm
頁数=132
オールカラー
カバー・帯付
製本=上製(ハードカバー)
ISBN978-4-88008-481-7 C0072
定価=5300円(税抜き)

写真集は甲斐さんが、2012年から18年までに撮影した5つの祭事を構成したものだ。肉体と肉体がぶつかり合う、スポーツの始原、格闘のプロトタイプを追って世界各地を取材した。イングランド・アッシュボーンのShrovetide Football、秋田県仙北郡美郷町六郷のカマクラの竹打ち、ボリビア・マチャのTinku、長野県下高井郡野沢温泉村の道祖神祭りの火付け、そしてジョージア(グルジア)・シュフティのLeloを廻った。
目次のタイトル構成は次のようになっている。
1)イングランド・アッシュボーンの「Shrove Tuesday(シュローヴ・チューズデイ、告解の火曜日)」
2)秋田・美郷の「骨の髄(ほねのずい、Down to the Bone)」
3)ボリビアの「Charanga(チャランガ、吹奏楽団)」
4)長野・野沢温泉の「手負いの熊(ておいのくま、Wounded Bears)」
5)ジョージアの「Opens and Stands Up(オープンズ・アンド・スタンズ・アップ、光ある未来へ)」

どの写真からも、肉体がぶつかり合う音、ほとばしる汗と立ち昇る湯気、言葉にならない音声が聞こえる。撮影というより、集団のなかに雪崩込み、揉まれながら産まれた絵(写真)だ。
「スポーツの始原へ 格闘する祭り 撮れたものは祭りでない」
これが帯のキャッチコピーだ。
巻末には哲学者の近藤和敬さんの解説「群集の力能と写真形式」、『百年泥』で第158回芥川賞を受賞した小説家の石井遊佳さんと甲斐さんとの対談「記憶の舟――『百年泥』と『骨の髄』を結ぶもの」が、さらに甲斐さんによる「祭事の概要」「あとがき」、そして写真家のプロフィールが収められている。この文字部分は英訳文も併載。翻訳はシュテファン・ヴューラーさんが担当している。
このヴューラーさんの英訳作業がひとつのきっかけなって、日本人姓名のローマ字表記について考えることになった。


2013年に刊行された『Shrove Tuesday』
(トーテムポールフォトギャラリー刊、全30ページ)より。


2016年に刊行された『手負いの熊 Wounded Bears』
(トーテムポールフォトギャラリー刊、全30ページ)より。

明治以来、日本人名のローマ字表記は、「名―姓」に、つまり欧米と同じ、名を先に姓を後にしてきた。さらに、それぞれの頭文字は大文字にする。たとえば、村山恒夫はTsuneo Murayamaとすることが慣例化されてきた。この従来のローマ字表記「名―姓」を「姓―名」へ転換しようとする動きは、2000年(平成12)に国語審議会が「姓―名」の推奨を答申して以降で、政府は教育機関などにその対応を求めてきたという。実際、中学校の英語の検定教科書では日本人の名前の表記は「姓―名」順になっているという。
日本政府は2020年1月1日から、公文書での日本人名のローマ字表記を原則として「姓―名」の順にすることを実施している。文化庁のサイトから、「日本人の姓名については、ローマ字表記においても「姓―名」の順(例えばYamada Haruo)とすることが望ましい。なお、従来の慣習に基づく誤解を防ぐために、姓をすべて大文字とする(YAMADA Haruo)、姓と名の間にコンマを打つ(Yamada,Haruo)などの方法で、「姓―名」の構造を示すことも考えられよう。」という文言をみることができる。しかし、文化庁の通達は民間にはなんの強制力もない。
2019年9月17日の『読売新聞』の記事によれば、「名―姓」の順は明治時代の欧化主義がもたしたもので、以来日本社会に深く根を下ろしているという。同社がその夏に実施した世論調査では、「名―姓」の順に書く人は64%で、「姓―名」と表記する人(31%)を大きく引き離しているという。「姓―名」順を推奨する政府の方針に賛成する人は59%、反対の人は27%だった。反対の人の中には「名―姓が国際基準だから」という意見が目立ったという。
ではこの写真集ではどうしたのか。著者や翻訳者の意見を尊重し、「姓―名」順となった。本書内の英文の日本人名では、甲斐啓二郎はKAI Keijirro、鈴木一誌はSUZUKI Hitoshiと、つまり姓をすべて大文字にしたのである。

『骨の髄』は英文の要約、解説などが収録されているが、一般の日本語の書籍の中で英文を見ることのできる唯一の場所は「奥付」(おくづけ)である。奥付とは書籍の最終ページに書名、著・訳者名、発行者などを記載した部分をいう。
日本書籍出版協会のサイト、「著作権Q&A」をみるとつぎのようなことがわかる。
奥付については、戦前には「出版法」があったが、現行法では何の規定もない。最低限の記載内容として、書名、著作者名、発行所名、発行年月日等があれば良いとしている。国会図書館には法律にのっとり、出版される書籍は取次(日販とトーハンが半年ごとに担当)を通して、「納本」される制度がある。国会図書館の書誌データはこの納本された本を、たぶん同館のスタッフが奥付に記載されているデータを入力した結果、でき上がったものだ。
また著作権表記のコピーライトⓒマークは、日本の法律では一切の規定はないが、本来の表記方法として、ⓒマーク、著作権者名、第一発行年(その著作物の最初の発行年)を並べて表示するのが正しいという。

ここにきて、各社の奥付のⓒコピーライト表記が気になってきた。まず、わが新宿書房はどうか。最近の本、2冊。「名―姓」順の伝統的なローマ字表記だ。
©2019 Toshikatsu Ue
©2019 Yu Kawai
翻訳本の場合、原出版社およびエージェントの要請で©関連のテキストが先方から用意され、その掲載が義務づけられている。新宿書房の場合は、本文が始まる前のすて扉の裏のページのこのテキストを置く。翻訳者の©の表示もここに並記している。
他社の本を見てみる。まず「名-姓」の順だが、すでに姓をすべて大文字に表記している出版社もある。
©HIROTARO KOYAMA,MIHO KOYAMA 2013 筑摩書房
©2015 Shigeru SAKAZAKI 中央公論新社
©Yukinori Okamura 2017 岩波書店
そして、次の表記だ。「姓名」順になっている。また姓のみをすべて大文字にしているところもある。
©2019 Nishiyo Kenju 現代書館
©MATSUMOTO Teruo 2014 平凡社
©TAKENA ROW 1987 朝日新聞社
©2020 Funabiki Yumi 集英社
最後に、こんなコピーライトの表記もある。もちろん、どれも間違っているわけではない。
©青木茂 2006 平凡社
©千代崎秀雄、鞭木由行、内田和彦、杉山哲俊、岸本絃 2013 いのちのことば社
©武蔵野美術大学美術資料図書館 2008

いかがだろうか。必要な情報が盛り込まれていれば、どんなスタイルでもいいということだ。
さて、甲斐啓二郎写真集『骨の髄』のコピーライト表記はどうなったのか。
次のようになった。
ⓒ KAI Keijiro 2020