(105)踊る日記

[2021/1/16]

昨日、杉浦康平・祥子ご夫妻から、寒中見舞いのおハガキをいただいた。杉浦さんは1932年9月のお生まれだから、昨年は米寿(八十八歳)を迎えられた。現役のグラフィック・デザイナーとして、いまなお元気に活躍されている。しかし、そのハガキをみて驚いた。
「昨年秋に、康平は
 体調を崩して検査入院し、
 その間に坊主頭からグレーの長髪に。
 退院後は順調に回復しています。」
とあるではないか。
この間にそんなことがあったのだ。しかしみなさんにお知らせするほどに本復され、ほんとうによかった。それにしてもグレーの長髪姿とは。私の記憶には坊主頭の杉浦さんの姿しかない。いつもそのお姿に見ると手を合わせてしまう。(笑)さて杉浦さんのロン毛姿、それを思うに、なぜか舞踏家の田中泯を想像してしまう。

実はこのハガキをいただいたほんの数日前に、杉浦康平さんの高弟のひとり、赤崎正一さんから電話をいただいた。いま杉浦康平アーカイブの資料整理をしている、ついては私(村山)が関係した『百科年鑑』(平凡社)と『踊る日記』(新宿書房)の基本情報のテキストを用意してくれということだった。赤崎さんの電話が、このハガキと連動しているのに間違いない。杉浦さんが再び動き出したのだ。『百科年鑑』については、以前何回か書いたことがある。しかし、『踊る日記』とは。ほんとうに懐かしい本だ。
『踊る日記』は1986年6月20日に刊行した本だ。
著者=森繁哉(もり・しげや)
四六判変型、上製、丸背、280頁
造本=杉浦康平+谷村彰彦
印刷所=理想社印刷所(本文)+福音印刷(カバー・本表紙・本扉・見返し)
製本所=松岳社青木製本所
定価=2000円(本体)


黒の題字とイラスト部分は金箔

まず、「あとがき」を引用しよう。

私は1980年から1983年まで道路で踊ってきました。 
「犬組」の道路劇場だったのです。 
里の村村をたずね、山に登り、野に川に遊びました。
雪どけにも蝉の鳴声にも、豊作にも吹雪にも立合い、そして、おおくの人人と木木や草草、
水の流れにも、新しい空気とも出合ってきました。 
その道路劇場の最中に踊り書きした印象記録が段ボール箱に三コ程たまってしまいましたので、 
焼却しようとしたところ、声がたしかに聞え、叫んだり、歌ったり、笑ったり、
飛びだしてきたものですから、恐くて恐くて、そのままにしてしまいました。 
これは聞き書きなのです。 
たしかにこのように聞いたことを私は書きました。 
道道の声かもしれませんが、私の声かもしれないのです。 
(後略)

そして「追記」から

1986年1月21日夜、土方巽先生がなくなられました。
私は、道路での聞き書きを先生におみせしたことがありました。
先生はそれをお読みになり、とても喜んで本にすることを奨めて下さいました。
私は先生がなくなったことを聞いた夜、走りました。
走らずにはいられませんでした。たまらず私は走ったのでした。
その夜も吹雪でした。雪が吹き、風がまいていました。私は雪を走ったのでした。
(後略)

著者の森繁哉さんは1947年山形県最上郡大蔵村生まれ。当時故郷の村役場に勤務するかたわら、大蔵村を拠点に舞踏・芸術活動を展開していた。担当の編集者は、「踊る編集者」の室野井洋子さん(1958〜2017)だ。1986年はすでにフリー編集者となっている。いまやよく覚えていないが、彼女の師のひとり川仁宏(かわに・ひろし)の企画であったようだ。川仁さんは1982年の『美術手帖』2月号に、「舞踏 森繁哉と遊芸団犬組―舞踏の犬たち/雪の砂漠を」と題するエッセイを書いている。これが、本書の刊行につながったのだろう。

カバーは特色の赤に金箔。本文は理想社の活版印刷、全4章を赤と紫の2色で色分けし、その断層が小口に現れる。本文のレイアウトが目につく。本来は本文版面(はんずら)の周りは余白となっている。それは込め物(クワタ)によって、印刷面には出ない余白が作られる。『踊る日記』の本文レイアウトは、これを逆手にとって、余白を顕在化し、本文を囲む。クワタがとめどない踊る日記の語りを囲い尽くす。まるで、森の木道に踊る言葉が撒き散らかされたかのような気配を感じる。協力者の谷村彰彦さん(1948〜2002)による、大胆でかつ繊細なデザインが施されている。

  
『図録 杉浦康平・躍動する本―デザインの手法と哲学』
(武蔵野美術大学美術館・図書館、2011年)より

参考サイト

http://shinjuku-shobo.co.jp/column/data/manaita/029.html
http://shinjuku-shobo.co.jp/column/data/manaita/004.html
http://shinjuku-shobo.co.jp/column/data/rojiura/koramuvol35.html