新宿海溝
[アサヒカメラ 2004/8]
新宿海溝  平賀 淳
 明るい表通りをはずれ、猥雑で少々いかがわしいニオイのする繁華街。ピンクチラシを張るおっさんも、占いのおばちゃんも、日焼けサロンで焼いた金髪の兄ちゃんも、みんな深海魚のようなもの。気味は悪いが何か人をひきつけるものがある。よそ行きの仮面の内側にある都市の素顔が、ここにさらけ出されている。
※新宿書房・カラー、文・3800円
[公明新聞 5月3日]
平賀淳写真集『新宿海溝』
手に負えなくなった最も深い〈海溝〉の街、〈新宿〉を久しぶりに真正面から見据えた写真集

 もうずいぶん前から、〈新宿〉はその時代時代の、深い〈海溝〉のような街だったのかもしれない。
 たくさんの写真集や小説家がその街を題材にし、人間の欲望の稚気(ちき)をいとおしみ、しかしそれが雪だるまのように大きくなってもう一つの世界を人々の心の中に作り上げてゆく、いわばイメージの都市を描いてきた。
 深夜、少しは人の波がおさまった新宿の交差点で信号を待ってたたずみ、目を上げると、赤と黄色という最も眼に刺激的な屋上のネオンの競演が、まるで巨大な意思を持った怪物の顔のようにも見えてくることがある。
 人が街をつくったのだが、いつしかその街は人の手を離れて独立した世界として屹立しているようにも見えてくるのだ。
 その証拠に、近年は新宿を題材にする写真作品がぐんと減った。もう手が届かなくなった、手に負えなくなったという感じで減ってしまっているようである。
 だからこの写真集は久しぶりにイメージ都市・新宿を真正面から見据えようとした一冊で、手におえなくしてしまってはいけないという主張をしんしんと伝えてくる内容が見る者の気持ちを鼓舞してくれる。私たちがつくった〈海溝〉は私たちの姿を映す鏡でもあるのだから、眼をそむけてはいけないという写真家のメッセージが、強く伝わってくるのだ。
 新宿・池袋・横浜・大阪・六本木とめぐって最後にまた新宿にたどり着いた写真家は、「どこの街にもある『海溝』はおそらくどこかで繋がっていて、最後には一番深い場所『新宿』に流れ着くと言っても良かろう」と記している。
 写真家のそのたくましい想像力が、この写真集の最大の価値だ。
(東京造形大学教授 柳本 尚規)
(平賀淳写真集「新宿海溝」はギャラリー「プレイスM」の写真叢書として新宿書房から刊行。3990円)
本の詳細を見る→<ISBN4-88008-315-1 C0072