そしてぶらぶら猫は行く
パリ再訪雑記

[2003/07/16]

活字欠乏症

 ぶらぶら猫がフランスに来てうれしいのは、フランス語が読めることだ。書店に行けば当たり前だが日本の洋書屋さんなどよりずっと安く買える本がたくさん並んでいるし、街角に置いてあるチラシや駅構内の広告を読むだけでも楽しい。その国に関する情報は、意外とこうしたチラシや広告から得られるものだ。社会分析などとたいそうなことを言うつもりはないが、その国の人が何を考えているか、その国の社会がどのように動いているか知るのに格好の材料である。

 文字の読めない国に行くことは、ぶらぶら猫にとって相当のストレスとなる。本も新聞も駅の広告も、意味のない紙切れや板切れと化するからだ。もちろん絵などからある程度の意味を推測することは可能だが、深い意味を知ることはできない。

 だからフランス語が読めないにもかかわらずパリに住んでいる人たちを見ると、「活字欠乏症」にかからないのであろうかと疑問に思う。ぶらぶら猫の出会ったパリ在住者の中にも、フランス語の読めない人は意外と多い。英語しかできない人、フランス語を話せても読むのは苦手な人。「日本の伝統的?」語学学習法でフランス語を勉強してきたためにどちらかというと会話よりも読み書きの方が得意なぶらぶら猫としては、会話に不自由しないのは羨ましい限りだが、そういう日本人も確実に増えている。不思議なのは、この外国で、彼らは普段いったい何を読んでいるのであろうかということである。

 外国で日本の本を買うと当然のごとく高い(高い値段にもかかわらずパリ・ジュンク堂で拙著『ぶらぶら猫のパリ散歩』を買ってくれた人には感謝したい)。お金持ちならいざ知らず、学生などにとっては外国で気軽に日本の本を買うことは不可能だ。なかには日本から大量の本を持ち込んだり、友人に持ってきてもらう人もいるようだが、いずれにせよこちらの標準語、すなわちフランス語の書籍を読書習慣としている人は、在仏日本人の間でも少ない印象を受けた。フランス語の本も読まず、日本語の本も読まない人は、日本でも読書習慣のなかった人なのであろうか? それとも我慢して活字欠乏症と必死で闘っている人なのであろうか?


*筆者 藤野優哉(ふじの・ゆうや):元編集者。1999年より1年間、絵描きを目ざしてパリに留学。3月に新宿書房より『ぶらぶら猫のパリ散歩──都市としてのパリの魅力研究』刊行。2003年6月17日~7月17日にかけて再びパリに滞在。

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