そしてぶらぶら猫は行く
パリ再訪雑記

[2003/07/16]

熟年留学

 日本人学生の多い美術アトリエ(パリにおもに2つある)を覗くと、若い人に交じって中年以上の方が意外と多いことに気がつく。なかには定年退職された熟年世代の方もけっこういらっしゃる。昔からかなり本格的に絵を勉強していらっしゃった方、絵に対する思いがありながら仕事に追われてなかなか手につかなかった方、仕事を辞めてから絵の道に入った方などその画歴はさまざまであるが、皆さんあこがれの美術の都で絵筆を握ることを楽しんでいらっしゃるようだ。

 先日はエコール・ド・パリの絵描きたちが活躍したモンパルナスにある日本人経営のギャラリーに、日本人女性の個展を見に行った。なんでも大学の教授をされていたご主人の仕事の関係でヨーロッパにはよくいらしていたみたいで、今回もご夫妻お二人でのパリ滞在である。バレエやダンスなどの動きを追求したという女性の絵は、なかなかダイナミックで鮮やかな色彩が人目を惹く。奥様の晴れの舞台を見つめるご主人の柔和な笑顔が強く印象に残った。

 ところでこの日本人経営のギャラリーの賃貸料はけっして安くはない。ここで個展など貧乏な若者にはとても真似のできない話である。今、日本はいろいろな面で曲がり角に来ているといわれる。長引く経済の停滞など既に暗い陰が忍びよっているようにも思えるが、まだまだ他国の人間から見れば豊かな幸せな時代が続いているといえるであろう。ある外国人が日本の現状を見て「これが不景気なら自分の国にもこの不景気を欲しいくらいだ」と言ったとかいう話をどこかで読んだ。

 まだまだ国力のある幸せな時代に人生の終焉を迎えようとしている世代の方々。彼らは若い時代に大変な時代を送り、その後大変な努力をして今日の日本を築かれたわけで、その苦労を考えればこれくらい贅沢な余生を送って当然だともいえる。いっぽうで豊かな時代に何不自由なく育った若い世代は、今後の不透明な時代を前にしている。日本が迎える超高齢化社会を考えると、年金システムなどとうに崩壊しているであろうし、今日の熟年世代のようなゆったりした贅沢はおそらく許されないであろう。若い時代に苦労を重ね、幸せな老後を迎える今日の熟年世代と、若い時代に幸福な時代を送りつつ、大きな不安な時代の前に立たされている若い世代。どちらが幸せなのであろうか?

*筆者 藤野優哉(ふじの・ゆうや):元編集者。1999年より1年間、絵描きを目ざしてパリに留学。3月に新宿書房より『ぶらぶら猫のパリ散歩──都市としてのパリの魅力研究』刊行。2003年6月17日~7月17日にかけて再びパリに滞在。

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