そしてぶらぶら猫は行く
パリ再訪雑記

[2003/07/13]

Qui sont Intermittants?(アンテルミッタンって誰?)

 1947年以来、半世紀以上の歴史をもつ世界最大の演劇祭、アヴィニョン演劇祭がついに中止に追い込まれた。エクサン・プロヴァンス音楽祭やラ・ロシェル音楽祭も中止になり、南仏を中心とするフランスの地方の夏祭りがことごとくつぶされている。

 太陽劇団で役者をやっている友人は7月初めに、いちおうアヴィニョンへと旅立っていた。予定では7月いっぱい現地で芝居を演じるはずだったのだが、「たぶん早々に戻ってくることになるでしょう」と彼が話していたとおりになってしまった。この間、ラジオや新聞(ぶらぶら猫は残念ながらテレビが見られないのだが、おそらくはテレビも)では、連日、アヴィニョン演劇祭が開催できるかどうか話合いが続けられているとのニュースが流されていた。今回の事態を招いた張本人であり、毎日ニュースで目にし、耳にした言葉がIntermittants(アンテルミッタン)である。

 フランス名物のひとつにストライキ(グレーヴ)があり、毎年おもに交通機関が麻痺して旅行者にも影響を与えることがあるが、今年はとくに多いらしい。長いことつづいた左翼政権(ミッテラン時代から、ついこの間までつづいたコアビタシオン(保革共存)時代まで)に終止符をうち、左翼のしがらみから解放されたシラク=ラファラン政権が、財政改革のため、年金や公務員待遇などに大鉈を振るおうとしているのが労働者の反発を買ってのことらしい。

 5月、6月と各地でおこされたストはだいぶ落ち着いたようだが、現在ニュースをにぎわせているのが各地でフェスティバルつぶしをしているアンテルミッタンたちのストやデモなのである。

 さて、このIntermittants(アンテルミッタン)なる言葉。手持ちの小さい辞書で引いてみても「断続的な」という意味の形容詞が載っているのみで、きちんとした説明がない。友人に聞いてみると、一般のフランス人でも知らないかなり特殊な用語らしい。そのことを裏付けるかのように、7月2日の新聞「ル・パリジャン」の一面見出しに次のようにあった。「アンテルミッタン;彼らは何者か?」まさに、ぶらぶら猫の疑問に答えてくれそうなこの見出しにさっそく購入。

 それによると、アンテルミッタンは、演劇や映画、テレビ番組制作などに携わる人々の中で、国家から失業補償を受けている人たちのことで、音楽家や歌手、役者、監督から、装飾、照明屋さんなど幅広い職業を含む。彼らは年間実働4か月程度の仕事で1年間生活できるだけの手当がもらえるという手厚い保護を受けている。年間を通じて安定した仕事があるわけではない彼らにとって国家の保護が必要なのは当然だという理由で、また業界側も不定期な仕事に対応するために彼らのような臨時雇いの人間が必要だという理由で、その存在が認められてきた。

 今回、財政赤字を理由に、政府がこれまでの手当がもらえる条件を厳しくしようとしたことに対して、アンテルミッタンたちが一斉に反発。強硬な態度の両者が折り合わず、各地の祭りが中止に追い込まれたというわけだ。大打撃を受けたのは祭りのおこなわれる各地の地元経済で、演劇祭期間中に1年間の利益の相当部分を稼ぎ出すアヴィニョンのホテルなどが受ける影響は相当深刻であろう。

 アンテルミッタンたちの要求に対しては同情する声もある一方で、いくら芸術の保護のためとはいえ、わずか4か月の労働で一年間暮らせるなんて、あまりに甘すぎるという声もある。アンテルミッタンたちの手当は、他のヨーロッパ諸国と比べても破格の待遇だそうだ。「居酒屋でアルバイトしながら芝居をやっている日本の演劇人とは大違いだ…」とは、ある芝居好きな日本人の弁。それになんといっても真剣に芝居や音楽をやりたいと思っている人間からその仕事場を奪った彼らの責任は大きい。ストライキをする権利は労働者の最大の武器である。しかし自らのスト行使によって他人の労働する権利を奪うこともあるのだということを自覚すべきだと訴える論説も雑誌で見かけた。

*筆者 藤野優哉(ふじの・ゆうや):元編集者。1999年より1年間、絵描きを目ざしてパリに留学。3月に新宿書房より『ぶらぶら猫のパリ散歩──都市としてのパリの魅力研究』刊行。2003年6月17日~7月17日にかけて再びパリに滞在。

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