そしてぶらぶら猫は行く
パリ再訪雑記

[2003/07/10]

バビロン建築の衝撃!!

 この秋に刊行予定の『パリ半日散歩(仮題)』は全部で13のお散歩コースが紹介されている。今回のパリ滞在ではぶらぶら猫みずからがこのコースを検証して回っている。先日、12番目のコースを歩き終えようとした時に衝撃的な建物に出会った。ずっと前からこの建物の存在は知っていたし遠くから見てもいたが、まさかこのような「仕掛け」のある建物だとは思わなかった。

 16区の高級住宅地パッシーの丘のセーヌ河をのぞむ中腹に建つその建物は、丘の斜面に人工地盤を張り出す形でつくり、その上にたてられている。丘の上を南北に走るレヌアール通り沿いにたち、玄関ホールから中をうかがうとその向こう側にはきれいな花々の咲き乱れる庭園がひろがり、そのさらに先には空が見える。そう、人工地盤の上にはセーヌ河やエッフェル塔の素晴らしい眺望の得られる手入れの行き届いた庭園がつくられ、その上に超高級アパルトマンがたてられているのだ。各部屋からの眺めもパリ随一であろうことは容易に想像がつく。買うとしたら幾らくらいするのか見当もつかないが、お金が幾らでも積めるのならこういう所に住んでみたいと思わせる物件である。

 ところがである。階段で丘の麓まで降りて驚いた。人工地盤となっているところにも窓が転々と並んでいてアパルトマンとなっていたのだ。それもいかにも低所得者向けといった風情だ。かつては女中部屋としてでも使われていたのであろうか? 窓際にならぶ鍋釜類や曲がったままの手すりなど、現在もそれほど所得の多くはない層の人々が住んでいることがすぐに知れる。高級住宅地パッシーである。超高級アパートの土台にあたる部分に穴蔵のようにつくられたこのアパルトマンは、パッシーの丘の麓のマルセル・プルースト大通りが入り口となる。この大通り、対面側の建物が工事中のこともあって、とてもみすぼらしく寂れた通りで、穴蔵アパルトマンをますます侘びしいものに感じさせる。

 この「上」の建物と「下」の建物が中でつながっているのかどうかはわからない。上層階に豪華な1等客室、船倉近くに移民などの3等客室があるタイタニック号などのかつての豪華客船を思い出してしまった。上下でこれだけあからさまに住人の階級がはっきりわかれている建物が現代に存在するのを見て、ぶらぶら猫はしばらくショックから立ち直れなかった。

 前掲『パリ半日散歩(仮題)』によると作家ジュリアン・グリーンはこの建物を「バビロン建築」と称したそうだ。そして前を走るうら寂れた通りの名前によりによって作家プルーストの名を与えたのはいったい誰だとこの本の著者はいぶかっている。

*筆者 藤野優哉(ふじの・ゆうや):元編集者。1999年より1年間、絵描きを目ざしてパリに留学。3月に新宿書房より『ぶらぶら猫のパリ散歩──都市としてのパリの魅力研究』刊行。2003年6月17日~7月17日にかけて再びパリに滞在。

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