(14)消える二宮金次郎像
[2021/11/27]

『朝日新聞』(東京)夕刊(11月9日)に「金次郎像 どこに消えた? 栃木県警、窃盗事件で捜査」という記事があった。同記事によれば、二宮金次郎にゆかりのある栃木県真岡(もおか)市の市歴史資料館の敷地にあった二宮金次郎像(高さ1メートルの銅像、重さは不詳)が、11月3日に台座からなくなっていることがわかった。この金次郎像は10月21日までは存在が確認されていたという。この真岡市(旧芳賀藩、旧芳賀郡)には二宮尊徳(通称・金次郎、1787~1856)の資料館がある。
栃木県の県紙の『下野(しもつけ)新聞』を見てみると、もう少し詳しいことがわかる。なくなった金次郎像があったところは、2008年(平成20)3月末まであった旧二宮町立物部小学校高田分校の校庭内。同年4月に本校の物部小学校との統合で高田分校は133年の歴史に幕を降ろし、閉校した。翌2009年に芳賀郡二宮町(町名は二宮尊徳にちなむ)が真岡市と合併したため、旧分校の校舎は「真岡市歴史資料保存館」となって開館、農具や古文書を保管している。この物部小学校高田分校の金次郎像は意外に新しく、1978年1月に建立されたという。地図で見ると、SLファンで人気の真岡鐵道が南北を走っており、寺内駅が近い。二宮金次郎ゆかりのこの地、真岡市には全部で27体の金次郎像があり、うち消えたこの銅像を含め、13体が金属像だという。

金次郎像がどのように誕生したか、その歴史を考察した名著が新宿書房から、1989年3月に刊行されている。それは、井上章一・文、大木茂―・写真による『ノスタルジック・アイドル 二宮金次郎』(四六判上製)だ。目次の構成は前付け写真(16P「金次郎逍遥……歩かされたその道」)、本文199P、後付け写真(41P「刻まれた昭和」)となっている。装丁は鈴木一誌+大竹左紀斗。
本書は「モダンイコノロジー」双書の1冊である(もっともこの双書はこれ以後出ていないが)。帯には、「近代日本の夢と希望の図像学」(背)、「刻まれた昭和 昭和のはじめ、爆発的ないきおいで建てられた二宮金次郎像。この金次郎像の生涯をさぐるモダンイコノロジー」(表一)とある。いまもこの本を超える金次郎本はない(と自負している)。しかし同書は現在、残念ながら品切れである。


『ノスタルジック・アイドル 二宮金次郎』表紙見開き

金次郎が背負っているのは、薪(たきぎ)か柴か?金次郎が読んでいる本はなにか?幸田露伴や『天路歴程』と金次郎像の関係などへの考察。太平洋戦争末期にB29がまいたビラのなかに「民主社会建設のために生涯を捧げた民主主義者の先覚者二宮尊徳に学べ」「真の平和主義を実践した偉人二宮尊徳を忘れるな」などがあったという事実。敗戦後、占領したGHQが天皇制のシンボルであった御真影、奉安殿などは撤去・解体したが、二宮金次郎像にはそういう指令は下されなかったこと、などなどのエピソードが満載。著者井上章一さんは、まさに金次郎像の〈歴史探偵〉だ。

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「東京都23区内小学校二宮金次郎像全調査」

本書に掲載されている大木茂さんが撮影した全国各地の二宮金次郎像の写真は、いまや貴重な資料だ。それに加え、4Pわたって収録されている「東京都23区内小学校二宮金次郎像全調査」がすごい。1988年9月現在の金次郎像全調査(調査者・大木晴子)である。当時の23区全小学校940校のうち、134校に金次郎像があった(14.25%)。それから30年以上たった今、これら金次郎像はどうなっているだろうか。新しく生まれた金次郎像もあるのだろうか。子どもの数が減って、小中学校の統廃合も進んでいる。金次郎像は、はたしてこれから生き延びていくのだろうか。

最後に映画の話をしよう。『村山新治、上野発五時三五分』(新宿書房)を出版したのは2018年5月だ。村山新治は映画監督、私の叔父だ。今年2月に98歳で亡くなった。
(コラム「俎板橋だより(111)」を参照)
村山新治の監督作品に『二宮尊徳の少年時代』(57、東映教育映画部、9月23日封切)があり、本作品は村山の最初の劇場映画作品となるが、封切は『警視庁物語 上野発五時三五分』(57、東映東京、8月28日封切)の方が早い。撮影は仲沢半次郎、音楽は三木稔。本作品は児童劇映画として「文部省選定」も受けている。村山新治も「わたしも初めて尊徳の評伝を読んで、今までのイメージとまったく違う、経世家であることを知った」と書いている(前掲書177ページ)。

参考サイト:
[とちぎふるさと学習]
https://www.tochigi-edu.ed.jp/furusato/detail.jsp?p=5&r=18
[金次郎銅像の製作会社:平和合金]
https://www.heiwagokin.co.jp/ninomiya/
https://story.nakagawa-masashichi.jp/92692
井上章一さんも取材に行った平和合金では今でも『ノスタルジック・アイドル 二宮金次郎』が参考文献として使われている。サイトの写真から本書のP25とP79が紹介されているのがわかる。