Vol.46 [20002/10/30]

四谷三栄町耳袋(15)

フリーター救国論

『グラフィケーション』の123号(2002年10月)の特集がいい。 「若もののフリーター化を考える」は、教育評論家(佐々木賢)と思想史家(関曠野)のダイアローグ。もはや教育そのものに悲観的な教育評論家とフリーターの肯定的な面を重視しようとする思想家との歴史観の時差が興味深い。

フリーター人口が今年になって350万人、これは正規の若年労働者人口といわれる190万人の2倍近くをしめること。高卒の3人に1人がフリーターである。「七五三」ということばがあり、中卒の7割、高卒の5割、大卒の3割が数年以内に会社をやめるという。

思想史家はいう。「二十代は遍歴と放浪の時代とみなして、その間は広い世間を見て歩き、いろいろな人間とつき合い、さまざまな体験をする期間だと。そして三十歳ぐらいで職業人になっていく。そのように社会のシステム全体の設計を変えれば、フリーター現象を肯定的なものとして捉えることができる」

まもなくフリーターのユニオン、文化総合雑誌、サイトができるかもしれない。さてフリーターの卒業年齢ははたして三十歳であろうか。五十歳ではなぜいけないかということも考えてしまう。死ぬまでフリーターの人生もいい。

イギリスには若者への家賃補助制度があるという。そうして若者のホームレスを減らそうとしている。日本でもフリーターへの家賃補助が実現できればいい。

先日、20年以上続いたドラマ『北の国から』が終わったが、これも黒板親子のフリーター物語とみることができる。そこそこ働いて映画作りやバンド活動、あるいは山林の草刈り十字軍に参加。社会と個人の関係がかわり、社会が個人のあとからついてくる。たまに働き、ときどきあるいは夜だけ、小出版社で手伝う、そういう老若男女が出てきている。ほんとうに来てほしい!(泣き)

厚生労働省の教育訓練給付制度というのがある。5年以上雇用保険に加入している国民が、資格の取得や技能の向上を目指して専修学校などに通う場合、国から援助を受けることが出来る。駅前の英会話学校などがこの制度の利用を声高に宣伝している。

この制度からも、フリーターは完全に疎外されている。パソコンや会話を学びたいフリーターは援助を受けられない。ほんとうに学ばなければならないのは彼等なのに。

同誌には立岩真也「労働の分配が正解な理由」やわが宇江敏勝の「老いて、なお野良に働く」もあり、仕事・労働へのアプローチがシャープだ。

『グラフィケーション』:http://www.fujixerox.co.jp/company/fxbooks/graphication/


妙好人

『声なき声のたより』の98号(2002年9月)に鶴見俊輔の「妙好人」という小さなエッセイ。『広辞苑』第4版でこのことばを調べると、筆者の期待と違う。広辞苑は「行状の立派な念仏者」とある。鶴見は「学歴なく、理屈を知らず、ひたすら仏の教えをもって日常を生きる人」と考えてきた。

平凡社の『世界大百科事典』をみると、中国から来たことばで、「人中の花とたとえた言い方で明治以後は、名もない庶民で、安らかの信心の中で一筋のはげしい気概をたたえた人が多い」とある。

昭和の時代に南京陥落の祝賀のちょうちん行列の中に入り、軍隊にはいれば敵を殺し、そして捕虜を殺し、その記憶を今に抱いて生きるひと。

2002年の今の日本にも、妙好人はいるという。 ぜひ会いたい。

声なき声の会
〒272-0832 柏市北柏2-6-2 小林トミ方


八千の出会い、八千一の涙

黒川創の『イカロスの森』が著者から送られてきた。

日本に近いがほとんど人の住まない荒れ地に住む人々は、われわれよりも遙かに世界性をもって暮らしている。

辺境サハリンに住む女性が言う。「わたしたち家族三人は、それぞれ、ごく普通のありふれた欲望と、普通の思いやりと、普通の夢、普通のずるさを備えて、ここでこうして生きています。わたしたちは、これからの長い冬のあいだ、遠く去ったあなたたちのことを、きっと、何べんとなく思いおこします。そして、噂しあうことでしょう。八千の出会い、八千一の涙。そして、八千一つめのわたしたちの夜が、長く静かに続くように。」

「もっともめざましい場面は最後のターニャの挨拶。こういう姿勢で生きる人間を失ったのが今の日本だということをしみじみと教える見事なスピーチである」(池澤夏樹、芥川賞選評より)

黒川創『イカロスの森』本体1700円 新潮社


夜はいつになったら明けるのだ 村へ帰るのだと 泣き叫ぶ

山形県上山(かみのやま)市在住の農民詩人、木村迪夫さんから最新詩集が送られてきた。

お袋よ、そんなに悲しませないでくれ。
絶えて久しいまぎれ野の
小正月の祭りの田植えを、
呼びもどしてくれないか。     (「まぎれ野の家――まだ遠い春の」より)

本書には小川プロダクション製作の映画『一〇〇〇年刻みの日時計 牧野村物語』の中で朗読された長編詩「一〇〇〇年の祈り」も収録されている。

新宿書房から、まもなく木村迪夫さんのエッセイ集『百姓がまん記』が刊行される。老齢化して、福祉農業とも揶揄され、日本の村は荒れている。『スロー・イズ・ビューティフル』の辻信一さんから勧められて、彼が企画した『現代農業』8月増刊の『青年帰農――若者たちの新しい生きかた』を読む。全国各地の百姓たちと、「農のある暮らし」をめざす若者たちの出会いから、何かが生まれてほしい。

農や食や身体を考えるとき、日本では本当のヒッピー世代、ヒッピー文化が育たなかったツケが回って来ているとつくづく思う。いま、ビートやヒッピー文化が若い世代にあらたな文化として読まれ始めているという。これもフリーター効果なのだ。

木村迪夫詩集『いろはにほへとちりぬる』本体2500円、書肆山田

辻信一さん の「ナマケモノ倶楽部」:http://www.sloth.gr.jp/J-index.htm


千年の闇を舞う


富山県八尾の「風の盆」、岐阜の「郡上八幡盆踊り」とともに日本三大盆踊りのひとつに 数えられている秋田県羽後町の「西馬音内(にしもない)盆踊り」。

小熊秀雄賞受賞の詩人(小坂たまみさんのお父さん;「三栄町路地裏だより」Vol.10参照)がこの盆踊りの復興と保存の仕事に携わってきた自らの体験と永年にわたる研究成果を書き下ろした本が、影書房から送られてきた。

北国の女たちは編み笠や彦三(ひこざ)頭巾と呼ばれる覆面の黒い頭巾を被って顔を見せないで踊る。頭巾には目穴だけがある。その由来は明治の歌舞伎の舞台の黒子からの着想だと説明されている。

しかし、月光と篝火の光と影の中で行われる西馬音内盆踊りには、さまざまな解釈がなされてきた。1966年の盆踊りをみた岡本太郎は「慶長から元禄ごろまでのびょうぶ絵から、そのまま生きて抜け出し来たような錯覚」におちいったと書いている。

小坂太郎『西馬音内盆踊り――わがこころの原風景』本体2800円 影書房(電話03-5907-6722)


小出版の消え方

9月30日、地方出版の雄、九州の葦書房では、社長が解任され、全社員が退社した。 これを翌日の新聞の小さな記事で知った。

10月のある日、解任された元・社長、三原浩良さんの執筆・編集になる小冊子『だれが「葦書房」を殺すか』が送られてきた。

この事件はきわめて特異なものとは思うが、しかし零細小出版がかかえている、家族経営、脆弱な共同性のうえにたつ編集方針などなど、すべての問題をはらんだ象徴的な事件のように思われる。名著、良書といわれる本が、赤の他人には紙屑しかならない現実を、われわれはいつも心して仕事をしなくてはいけない。

でも、なんとか葦書房は元の姿に戻ってほしい。

葦書房のホームページ:http://www1.ocn.ne.jp/~ashi/

7月22日以来更新されてない。それゆえ事件のことをいささかも伝えておらず、静かに600点の優れた在庫を伝えている。

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