vol.19

四谷三栄町耳袋(4) [2001/07/30]


Take Me Out to The Countryside

朝8時から、缶ビールを片手にベースボール(野球)中継を見る。今日は金曜日だ。東京のやつらはこの糞暑い日にざまあみろ、ご苦労さん。(ところが、聞くところによれば、台風の影響で東京も1ヵ月ぶりにクールダウン)実はいま、八ヶ岳高原にある知人の山荘に滞在していて、朝からボケーツ とBSのメジャーリーグ(いまやMLBと呼ばないといけないらしい)の中継を見ている。

試合はトロント・ブルージェイズとボストン・レッドソックス。野茂英雄が投げている。球場はボストンのフェンウェイ・パーク。フェンスが低く、スタンドとフィールドがほんとうに近い。そして、天然芝が美しい。

ここはキンセラ(1)の小説『シューレス・ジョー』(映画『フィールド・オブ・ドリームス』の原作)で、主人公のレイがバーモントに隠遁しているサリンジャーを無理やり連れ出し、二人で一緒に野球を見たフィールドだ。その小説の舞台とまったくかわらない球場が目のまえにある。このフェンウェイ・パークは1901年に創設されている。当たり前だが、そこには青空や夜空があり、人々のざわめきや売り子の声や選手のスパイクの音が聞こえる。 

(1) キンセラなどのアメリカ野球小説傑作集『ベースボール、男たちのダイヤモンド』は、大リーグ・ブームの今、もう一度読んでほしい本だ。巻末の「付録アメリカ野球を読む」には、「編者推奨の本格野球小説ベスト12」「編者推奨の野球小説50」「おもな野球小説アンソロジー」「おもな野球小説についての論考」がある。
                     

シューレス・ジョー、「はだしのジョー」のニックネームで人気のあった大リーグの選手、ジョゼフ・ジェファソン・ジャクスン。彼をふくむシカゴ・ホワイトソックスの8人は1919年、シンシナティ・レッズとのワールド・シリーズの試合での八百長の疑いで球界から永久追放の処分を受けた。世に言う「ブラックソックス・スキャンダル」である。

そのフェンウェイ・パークで野茂が黙々と投げている。結局、野茂はこの試合で大リーグ通算80勝となる今季11勝目を勝ち取った。投球回数7、投球数109、奪三振10。


エストニアのミルダバーグの板絵

この山小屋は標高1200メートルにあるという。ここからうねうねとトウモロコシ畑が続き、休耕田が緑の棚田に黒い模様をつくり、ところどころに白いソバの花が咲いている。土地はずっと下を流れる富士川の方まで下がっていく。目の前には南アルプスの甲斐駒ヶ岳や北岳がぬっと姿を現し、城壁のように東西に広がっている。

しかし、よくみると自然は変化している。南アルプスの山肌は採石のため、ところどころが、デキモノのような白い斑点をもつ。また夜にもなると谷の底から、高速道路を走るクルマの黄色いひかりが、霧のように湧いてくる。スピードをあげるタイヤが放つ唸り音は、低く山々にこだましている。

小淵沢駅前でザルを売っていたおばさんは、こんな暑さは58歳の自分が一度も経験したことのないもんだ、という。近くで畦の雑草を機械で刈っているお百姓さん(じつにしゃれた恰好をしていて、釣り師やキャンパーといわれてもおかしくない)は、暑いからお米のできもいいんでは、でも取れすぎると来年また作付け制限されちゃうなと、ぶつぶつ。

いったい、この高原には何軒の別荘とペンションがあるのだろうか。それとレストランとさまざまな名前をつけた美術館。毎年どこかが生まれて、毎年なにかが閉じてゆく。別荘もたくさんの新築現場がある一方、売りに出ている物件や草に覆われて朽ち始めている建物も多い。この数年、八ヶ岳高原も観光客の落ち込みが目立つという。地元の新聞を見ていたら、「八ヶ岳リゾートアウトレット」がオープンしたそうだ。清里の竹下通りブームが過ぎたら、今度はアウトレットモールか。

数ある美術館のなかで、毎年冷やかしている「高原イラスト館 八ヶ岳」に行ってみる。ここは、1994年にオープン。運営しているのは東京の女性たちが中心の編集プロダクション。最初は雑誌や書籍の編集の際に、画家やイラストレイターに依頼した挿絵がそのまま、放置されたり、散逸されるのが惜しくて、これを選んで展示し、かつ廉価で販売してみよう、というねらいで始まったそうだ。

いまは、未発掘のアーティストの作品をお客の手の届く範囲の価格で紹介したいと、フランス、ポーランド、フィンランド、エストニア、日本などの作家を毎年展示、販売している。

この夏・秋の展示のオープニングには、創作菓子研究家の大森いく子さんが、美味しい食べ物とケーキ、それにワインなどを用意して、突然訪れるお客の接待をしてくれた。グリーントマトのキッシュ、ニンジンのケーキ。旅先のサルディーニアのアグリツーリズモで覚えたというパリパリのカルタ・ディ・ミュジカ(音楽の紙)、黒糖ゼリーに蓮の実とクコが入った中国風の薬膳デザート、などなど。

エストニアの作家ミルダバーグの板絵に描かれた鼻の大きな男たちにじっとみつめられながら、静かにワインを飲む。

参考URL:
高原イラスト館八ヶ岳
http://www.illust-kan.co.jp
クッキングアート大森いく子 http://www.cooking-art.co.jp


西井一夫

写真評論家であり、元毎日新聞出版局のクロニクル編集長の西井一夫。彼の近況を彼自身の通信で紹介しよう。だれもがいつかはとおる道。でも、西井さん、がんばれ!がんばれ!『みすず』(2001年6月号)の西井一夫「開店休業のすすめ」『歴史の暮れ方(1)』も参照。

[西井一夫通信7/26/2001]

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