山びとの動物誌
[産経新聞 2019年12月27日夕刊(大阪版)「ビブリオエッセー」]
[日本経済新聞 2005年9月4日]
[現代5月号]
ちょっと古い本の店
第11回 池内紀

山の生き物たちへのひそかな挽歌

『山びとの動物誌 紀州・果無山脈の春秋』
宇江敏勝著
新宿書房/1998年刊◆2310円

 この動物誌に登場する動物たちは、次のとおり。猪、野兎、カモシカ、地面に棲む鳥、夜に鳴く鳥、ウナギ、カニとエビ、虫たち、鹿、狸、イタチとその仲間、熊。
 なんだ、おなじみばかりじゃないかといわれそうだ。そのとおり、とりたてて珍しい生き物はいない。しかしながら、これは世に珍しい動物誌であって、これほど生きいきと猪やカモシカやウナギやイタチが語られたことは、ついぞなかったのではあるまいか。
 ふつう動物誌をつづるのは動物学者やナチュラリストといわれる人たちである。これと目をつけた山や森を訪れ、お目あての動物を調べ、生態を観察し、用をすますと帰っていく。しょせんはよそ者であって、たまの訪問者である。
 タイトルに「山びと」がついている。字義どおりにとっていい。宇江敏勝は山で生きてきた。炭焼き、植林、伐採が生きるための仕事だった。所は紀伊半島の中央よりやや西南より。果無(はてなし)山脈などと風雅な名がついているが、たしかに山また山である。
(以下略。『現代』5月号 336〜337頁参照)
[『Studio Voice』 2005年2月号 
“「森の生活」を考えるための10冊”より]
本の詳細を見る→<ISBN4-88008-234-1