[朝日新聞 2002年12月1日]
著者に会いたい

『宇江敏勝の本』第1期全6巻
宇江敏勝
さん(65)

「山びと」の記録を集成

 山の暮らしや風景、動植物の姿を書きとめた選集。『宇江敏勝の本』第1期が『若葉は萌えて』で完結した。7年がかりの息の長い仕事となった。

 紀伊半島の山林で炭焼きを営む両親のもとで育った。高校卒業後、町で就職するものの、数カ月で辞めて山に帰った。後に「青葉吹く風を胸一杯に呼吸して、・・・帰るべきところへ帰ってきたという思いがした」(『山びとの記』中公新書)と記したように、根っから山びとなのである。自らも炭を焼き、やがて植林の仕事に携わる。山深い作業現場の小屋で「ミカン箱にろうそくを立てて、読み書きをする」日々を過ごした。

 「最初は創作をやるつもりやった。そのうち、自分が非常に特異な世界にあるんやないかなと気づくんです。山林の生活を内側から書く人はいない。ありのままを記録した方が値打ちがあるんやないか、と」

 自身の生い立ちや山林の生活をつづった『山びとの記』を80年に上梓した。簡潔な文体と、体験に裏うちされたリアリティーが注目を集め、執筆の依頼が続いた。紀伊半島だけでなく、日本各地の山びとを訪ね、紀行やエッセー、聞き書きなど様々なスタイルを駆使してつづった「記録文学」の集成が、今回の選集である。

 選集からは、山の暮らしと山林の姿が、高度成長とともに大きく変貌していったことが読みとれる。林道の開発で、山仕事の人たちが里の住まいから現場に通う「里びと」になった。雑木林だった山林は、大規模な植林でスギとヒノキの「美林」に生まれ変わったが、その後の林業の低迷で間伐すら十分でない--。山と濃密に交わりつつ山と対峙することを忘れない、作家としての姿勢もまた行間にうかがえる。

 現在は熊野の里に居を構えて、文筆中心に暮らしている。「今でも自分の山に木を育ててます。今度は広葉樹の林を作ろうと。一生、山とのつきあいですね」とほほえむ。(新宿書房・2000〜2200円)

文と写真・西岡一正