チベットと日本の百年
――十人はなぜチベットをめざしたか――
日本人チベット行百年記念フォーラム実行委員会 編

[世界史の研究 2003年8月号(山川出版社)
紹介者=茨木智志(いばらき さとし)上越教育大学助教授]

 チベットにかかわって日本で活躍している人々が企画をし、日本人のラサ入り百年を記念したフォーラムを二〇〇一年に開催した。本書はその記録を基にまとめられたものである。
 副題にある「十人」とは、一九〇一年に日本人として初めてラサに入った河口慧海をはじめとする、能海寛・成田安輝・寺本婉雅・矢島保治郎・青木文教・多田等観・野元甚蔵・木村肥佐生・西川一三のことを指している。仏教的関心からチベットを目指した僧侶たち、外務省の命のもとラサに入った成田、冒険旅行の果てにラサに行き着いた矢島、戦時中に「潜行」した野元・木村・西川など、多様な時代背景の中でそれぞれの目的を持ってチベットを目指した多彩な顔ぶれである。出版された旅行記も多い。
 前半では、この十人の日本人が何ゆえ、そしていかにチベットを目指したかを切り口にして、チベットと日本のこの百年の整理を試みている。一人一人の足跡の説明、チベット学からの解説、さらに仏教学、中央アジア史学、前近代の交流等の視点からの討議を通じて、この十人の意義の再確認が進められる。なかでも圧巻は、チベットに「潜行」した当人である八四歳の野元甚蔵と八三歳の西川一三の両氏の証言である。これは驚いたという他に言葉がない。後半では、ドイツの学術遠征隊の映像に見る一九三〇年代のチベットの様子が紹介され、そして『チベットの娘』の著で知られるチベット人貴族タリン夫人と日本との絆がインタビュー記事と解説とで語られる。さらに百年日の現在のチベットが報告される。日本とチベットの関係に対してあらゆる方向からの検討が試みられている。
 一読して、チベットとこれほどまでの深い関係があったのかと再認識させられると同時に、そのほとんどを敢えて忘れてきた日本史の現実をも思い知らされた。日本との関係の在り方が問題とされる国はあっても、関係の存在自体から提起して、関係そのものの意味を問わざるをえない国は今の日本にとってチベットのみではなかろうか。それだけに、本書においてチベットと日本の関係とは何かを根本から問う作業を進めた結果、近代以降の日本の姿がチベットとの関係を通じて浮き彫りにされているのであろう。
 また本書はチベットを総合的に理解するための入門書としての役割をも果たしている。チベットさらには日本を見直す意味でも興味深い一冊である。

[『岳人』(東京新聞社)2003年5月号]

だれでも訪れることが出来る現在とは違い、厳しい鎖国政策を敷いていた時代のチベットに、文字通り命を賭してこの国を目指した十人の若者たちがいた。

それぞれの目的は、仏教の原典を求めて、または政治的密命を帯びて、あるいは冒険旅行、仏教交流にと、様々であった。時代は明治から大正、そして昭和にかけてである。河口慧海、能見寛(のうみゆたか)、寺本婉雅(えんが)、成田安輝、矢島保治郎、青木文教、多田等観、野元甚蔵、木村肥佐生、西川一三の十人である。

そして最初のチベット潜入から百年になるのを記念して行われたのが、このフォーラムである。

本書の内容はフォーラムの全記録、資料や解説、百年目のチベット見聞録抄、「百年フォーラム」に寄せて、他の書き下ろしで構成される。

歴史の生き証人として登場した野元甚蔵、西川一三両氏の語る潜行体験談も収録され、意味深いものになっている。

本書発行にはジャーナリストやチベット民俗学者など八人の実行委員の他、多数の人たちがかかわっている。

「十人は、なぜチベットをめざしたか」の副題にふさわしい読み応えのある内容。


[『チベット通信』(ダライラマ日本代表部)2003年春号]

20世紀前半、政治的にも地理的にも閉ざされた地であったチベットに入国できた日本人は十人。その目的は、経典の収集からスパイ活動にいたるまでさまざまであり、その全員が貴重な体験を経て日本に戻ってきた。1901年に雲南省大理から「今や極めて僅少なる金力を以って深く内地(チベット)に入らんとす」という手紙を最後に行方不明になった能海寛(のうみゆたか)をのぞいては。

時下って2001年12月、河口彗海の秘密裏のラサ入りから、また能海の失踪から百年ということで、これらチベット行の先駆者の偉業をたたえ、その功績を再評価しようとひとつのフォーラムが企画された。題して「チベットと日本の百年」。メインゲストはなんと豪華なことに、第二次世界大戦終戦前後に内モンゴルからチベット、インドを徒歩で制覇するという前人未踏の旅を行った西川一三(旅行記の金字塔『卑怯西域八年の記録』の著者)、1939年にラサにあり、幼いダライ・ラマ十四世がアムドからラサに入城する行列を目撃し、その体験を60数年ぶりに著書『チベット潜行一九三九』にあらわした野元甚蔵のおふた方である。

おふた方ともすでに八十代も半ば近く、その貴重な証言を公の場で耳にできる実に希有な機会であった。さらに長年このテーマを追求してきた江本嘉伸がチベット入りをはたした十人それぞれを解説、山口瑞鳳東京大学名誉教授がその歴史的背景をさらに深める。在日チベット人のケルサン・タウワがドイツ・シェーファー隊撮影の1930年代のチベットの映像や、日本と深い関わりがあったツァロン家の公女ミセス・タリンへのインタビュー・ビデオを公開するなど、まことに盛りだくさんの企画であった。本書はこのフォーラムの報告書であるが、単なる記録にとどまらず、フォーラム中にとりあげなかった様々なテーマを参加者がそれぞれ寄稿し、きわめて興味深い、画期的な一冊となっている。日本とチベットの歴史に興味のあるかたには必読の書。


[『山と渓谷』2003年5月号]

河口彗海、成田安輝のチベット入りからちょうど100年後の2001年12月、「日本人チベット行百年記念フォーラム」が開催された。本書はそのときの記録に加筆したもの。チベットに向かった10人の日本人、チベットと日本のかかわりが、昭和十年代にチベット入りしたふたりの人物の証言や多くの研究とともに報告されている。チベットを総合的に知ることができる一書だ。

[『週刊新潮』2003年4月3日号]

ダライ・ラマ法王を頂く孤高の仏教王国に日本人が初めて足を踏み入れて100年。一昨年開かれた記念フォーラムの成果が一冊になった。河口慧海ら明治〜昭和期に命がけでチベットを目指した10人の物語はそれぞれ興味深い。特に今も健在な2人の証言は貴重だ。

[読売新聞 2003年2月16日]

 河口慧海ら若者3人が、秘境チベットに潜入してから100年。本書は、チベットに親近感を持つ人たちが参集した記念フォーラムの報告だ。先駆者たち10人は、なぜ命を賭(と)してチベットをめざしたのかを探求している。2人の生き証人の証言や山口瑞鳳氏の河口慧海、チベット仏教に対する厳しい評価に注目したい。(新宿書房、2000円)

本の詳細を見る→ ISBN4-88008-282-1

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