サメは、スキューバ・ダイバーにとって特別な存在だ。出遭ったときは、もちろん恐怖が先立つと思うが、生物としての存在感には畏敬(いけい)の念さえ抱くのではないだろうか。(いまではペーパーダイバーに成り下がってしまったので偉そうなことは言えないのだが…)。地球上では、人類よりもずっと先輩格で、恐竜よりもさらに二億年も古く、四億年前にはすでに海を泳ぎ回っている(ちなみに人類の出現は、たった三百万年前)。流体力学的に洗練されたデザインは、海の生物として生き続けるための、いち早い進化の証しだろう。
本書は、魚類学者ジニー(ユージニ)の生まれてから現在に至るまでの、まさに冒険ともいうべき、波乱万丈の人生を綴ったものである。現在なんと八十歳で、大学でも教鞭をとっている現役だ。執筆は、本人によるものではないが、逆に事実が淡々と述べられており、彼女についてもっと知りたいという欲望に駆られながら読み進んだ。
ジニーは、子どもの頃に受けた海生生物に対しての衝撃と感動を持ち続け、戦前には珍しい女性生物学者としての夢を実現する。当時は、米国ですら、女性は職業に就くことすらままならず、なおかつ戦時下の米国で日系人という大きなハンディキャップをもっていた。並みの努力では、続けることは極めて困難だ。そのあたりの経緯は、さらりと述べられているが、すごいドラマがあったに違いないと推測される。
科学者の映画は、昨年、数学者もので「ビューティフル・マインド」があったが、きっとジニーの物語は壮大なスケールで映像に映えることだろう。どなたか、映画化してくれませんか。一九八二年には、あのナショナル・ジオグラフィックがジニーに顧問をお願いし「サメ」というテレビ番組をつくったそうで、大変な評判を呼んだらしい。こちらは、ビデオで入手できそうだ。早速探したい。
今は、バイオとかライフサイエンスとか、生物学も様々な表現で表わされているが、ジニーの手法はまさに生物学の原点と言えるのではないか。身体を張ったフィールドワークから発見が生まれるのだ、と確信を新たにした。海洋生物に関しての解説は、コラムとして随時散りばめられ、読み進むうえで、想像力を補ってくれる。いままで得てきた自分の魚の知識の中に、ジニーによる発見もあった。
サメは怖い、と思う。だけど、サメからすれば、一番怖いのが人間だ。今日も気仙沼港(宮城県)には世界中のサメが、フカヒレの材料として水揚げされているのだ。
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