なんだこりゃ? フランス人
──在仏アメリカ人が見た、不思議の国フ・ラ・ン・ス
[毎日新聞 2007年5月8日 「余録」欄]
 フランス人なら誰もが子供のころに使ったアーモンドの香りのするかわいらしい糊(のり)の工場がつぶれた。その糊を懐かしそうに紹介したテレビのリポーターは、倒産は「米国製品のせい」と語った。これを見た米特派員は怒って書いた▲「またフランスの伝統を死に追いやる米資本という図式だ」。糊の世界的メーカーは米国だけではない。凶悪犯罪があれば米国型犯罪、ハロウィーンがはやれば米国のオカルト文化侵略、コンコルドが落ちれば米機が落とした破片のせい、何でも悪いのは米国とはどういうことか!▲T・スタンガー著「なんだこりゃ! フランス人」(新宿書房)はイラク戦争で仏米関係が悪化した時の本だといえば、ああ米国の読者向けのフランスたたきかとお思いだろう。だが、他ならない当のフランスでベストセラーになった本なのである▲米国嫌いだけではない。そこで批判の標的となっているのは国民の国家への依存体質、経済グローバリズムに対する自国中心主義的な反感、週35時間労働制などである。そしてフランス大統領選の焦点になったのも、まさにそのような「フランスの特殊性」の是非をめぐる論争だった▲当選したサルコジ氏は、エリート支配の下での経済の停滞を打破し、競争原理にもとづく米国型市場経済への転換を訴えての勝利だった。対外政策でも従来の対米自立路線から親米英へとやや軸足を移しそうだ。名うての米国嫌いの国民も、ここはひとまず矛を収めようという選択か▲もっとも移民系若者を「ごろつき」呼ばわりするなど、強権的体質への懸念もつきまとう次期大統領だ。政策次第でこれまたフランス伝統の街頭での大衆行動が燃え上がる可能性もある。一国の「特殊性」の脱却は容易ではない。
[東京人 4月号]
[オール読物2004年10月号 鹿島茂「とは知らなんだ」]
 鹿島茂氏が連載コラム(「とは知らなんだ 第73回」、フランスの中華はなぜ小皿なのか?『オール読物』2004年10月号)で、フランス人が吝嗇(ケチ)でありながら、金を不浄のものと考える、矛盾した心性を持っている国民であるとして、アメリカ人のジャーナリスト、テッド・スタンガーの新著の一節を紹介している。

「誰も口に出さないが、誰もが知っている事実、それは、フランスでは金は一番汚らしいものであるとされていることだ。少なくとも理屈上、金は汚いものとされているのである。だからフランス社会に溶け込みたいと思っている外国人は皆、金に関する話題は下品であるとして避けなければならない。(中略)奇妙なことに、金を持つこと自体が悪いと思われているわけではなく、金について喋ること、とりわけ、ひけらかすことが良くないこと、恥ずべきこととさえ思われているのである」(『なんだこりゃ!フランス人 在仏アメリカ人が見た、不思議の国フ・ラ・ン・ス』より)。

 しかし、鹿島氏によれば、吝嗇と金銭不浄視というフランス人の二つの側面は、かならずしも矛盾しないという。それは、フランス人の精神性が、農民で土地に執着するドケチのガリア人と、働くことをしない貴族であるゲルマン人という、二つのメンタリティーの結合から生まれているからだという。つまりフランス人の不思議な心性は農民と貴族の混交からなるのだという。
[佐賀新聞11月2日コラム「有明抄」]
 米英がイラク戦争に踏み切ったのは昨年三月。権力は暫定政権に移譲したが、事実上、米英軍の支配が続いている。イラク問題は二日投票の米大統領選の争点の一つで、その先は読めない◆この戦争にフランス、ドイツなどは出兵していない。特にフランスのシラク大統領は事前に「戦争の決定は大量破壊兵器の査察結果を受けて国連安保理のみが行うべきだ」とくぎを刺した。米英は無視したが、今では米国自体が大量破壊兵器がなかったことを認めている◆フランスの不参加は米国民を怒らせたが、パリ在住の米国人ジャーナリスト、T・スタンガー氏は著作『なんだ こりゃ!フランス人』(新宿書房)で両国は歴史的に「愛し合うゆえに傷つけ合う仲」と強調。「(今回も)必ずや克服してくれる」と述べる。米国の独立戦争を支持、「自由の女神」を贈ったのはほかならぬフランスだ◆小泉政権は当初から米国支持を表明。憲法の制約上、参戦しなかったものの、人道復興支援という名の下に今年二月、?非戦闘地域?に自衛隊を派遣した。現地の評価は「感謝している」「米英軍と同じ敵だ」と二分する◆その間、テロリストに拉致・襲撃された日本人は八人。うち、外交官二人、ジャーナリスト二人、そして香田証生さんの計五人が殺された。香田さんについては「無謀だ」の声もあるが、民間人を殺すことは凶悪犯罪で、許せない。しかも残酷極まりない殺害方法に憤りを感じる◆太平洋戦争後、政治的にひたすら米国に追随、あるいは米国を利用してきた日本。今回も「テロとの戦い」を前面に出し、十二月の期限後も自衛隊の「派遣継続方針」を表明した。フランスのように対等な立場が取れない、日本外交の強がりは哀れでもある。(晃)
[望星 10月号]
■『なんだこりゃ!フランス人』
テッド・スタンガー著/藤野優哉訳
新宿書房 一九〇〇円
 時間は守らず、食べ物に異常な執着をみせ、自らの責任を絶対に認めようとしない。しかも国中いつもストだらけで、日曜日は買い物もできない!在仏アメリカ人を悩ます不思議の国・フランスの姿とは?二〇〇三年フランスでの大ベストセラー、待望の日本語訳。
本の詳細を見る→<ISBN4-88008-320-8 C0098