「梃子でも動かない。無くなるのに100年かかるといって笑うんです。在庫が1000部で1年に10部売れるという本。軒並みあるんです。でもね、ネット社会に入り、品切れの本ほど注文があるという皮肉な結果が現れています。読者にとっては初めて目にする情報すべてが新刊なのですね」。JR四谷駅前新道(しんみち)通り。酔客で夜毎にぎわう横町の事務所にお邪魔し、新宿書房代表の村山恒夫さんが語り始めた話を聞いた。
「……息のつけない海の中で、上目遣いに波の底が見える。あそこまで行けば息が吸える。一生懸命両手で水をあおるけれど、気ばかりあせって息の吸える鼻がなかなか水の上に出ない」。海女の仕事を、「目が出て鼻のでない商売だよぉ」と紹介する『海女たちの四季』の一節である。
この本は村山さんが同社を引き継いで間もない83年に出した。人がまだまとめたことのない分野とか、なかなか文字を書かなかった人が初めて書くといった独創的な本づくりをしていきたい。海女の村の伝統的な生活文化を文字で表す田仲さんの自叙伝は、折からの女性史ブームの流れに乗り、三刷りまで出して、ここ数年品切れとなっていた。村山さんの本づくりの原点といえる本。
本が売れなくなって久しい。何かきっかけがなければ重版も躊躇するような状況が続いていると語りながら、村山さんはここ三年ほど勤めたもう一つの仕事を説明した。
ここ三年をマルチメディアの百科事典「エンカルタ エンサイクロペディア」編集長として過ごした。CD-ROMの制作現場にいて、そこから本づくりを見つめ直す。この世界ではリストを並べ、引用するという本の世界の常套手段に留まらず、本物のテキストを出すことも可能、さまざまな方向から知識に迫る。と同時に本の世界が頑張らないとCD-ROMの世界も拓かれないことを実感する。
出版に戻ってきた村山さんはまず、「新宿書房図書目録」を初めてまとめ、『海女たちの四季』(新版)を出した。一区切りはついた。今までとは違う形の本づくりもしたいと思っている。
(東京堂/小島清孝)
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