『老いも楽し』を読んで
酒見綾子氏のエッセー集『老いも楽し』を一気に読みあげた。洋画家でもある酒見氏の絵をコンパクトにあしらい、さりげなく仕上げられた桂川潤氏の装丁も素敵です。
酒見氏は若いころ、豊富な読書はもとより、文章修業もされているが、全45篇、淀みのない、よくこなれた文はさすが。時の流れに棹さしながら、流されるのではなく、老いを手玉にとってしっかりと存在感を示されているのが、その文から窺える。それに意識するしないにかかわらず、たくまざるユーモアが随所に織り込まれ、読者をクスリとさせてくれのも愉しい。単なる情緒で己を甘やかさない醒めた目がさわやかだ。
心に残るチェーホフの「ごきげんよう」(「本好きの幸せ」)、なぜか浮き立つ胸のときめき(「シルバーデイト」)、食べそこなったビーフシチューと東京裁判傍聴の妙(「東京裁判」)、忘れちゃってごめんなさいと言ってるようなクレー(「忘れっぽい天使」)、命短し、そのピチピチがいいのよ(「ランボーを読んでいたころ」)、命は自然に終わるのがいい「防空頭巾」、秋山好古と背中あわせに住んでいたかもしれない「赤坂丹後町一番地」、「海軍水路部のころ」の発展…と印象に残った作品を挙げていくときりがない。
あの戦争はもとより、3度の手術を受けた大病、阪神大震災…なんとすごい体験をくぐり抜けてこられたことか。その悲惨を、ちっとも暗くない、むしろ快活な筆の運びに収斂されていく筆致に一層のすごさが感じられる。
それからもう一つ、余計な夢想を白状しよう。例えば「シルバーデイト」と「亡き友T子」など2、3篇を組み合わせ、適切なキャストを得たならば、今日的な面白い映像作品ができるのではないか。
こんな老いなら、私も老いたい(じつは私もすでに老境に入っているが)。ついさっき、近くの本屋さんをのぞいたら、『老いも楽し』が目に入った。地方都市の小さな本屋にも配本されているのをうれしく思う。周辺には老いを持て余している人に事欠かないので、ぜひ読むように薦めたい。「老いこそ、わが人生!」と。 |