岩礁海岸の圧倒的な存在感
「海片」山口保著(PLACE M 3200円)
1997年に房総半島九十九里浜の最南端東浪見(とらみ)にアトリエを構えて海辺の撮影をはじめた著者は、当初は砂浜に打ち上げられた漂流物などにレンズを向けていた。だが、やがてその関心は石や岩礁海岸の岩々に収斂されていったという。
本書には、岩礁海岸を求めて外房の海岸線を何度も縦走した10年以上に及ぶその撮影行の成果が収められている。
生き物の眼窩のように穴がうがたれた石、空に向かって生き物が咆哮しているような岩、かつて海底であった痕跡を装飾のようにまとった岩、そして幾重にも積み重なった断層など。
そのモノクロの作品は、すぐ近くに海があるはずなのに潮騒の気配や潮の香りを感じさせない。時には砂漠に屹立するサボテンや、どこか見知らぬ惑星に降り立ったような風景さえ彷彿とさせる。
一方で、なめらかな岩肌に走る線条や条痕がつくり出す文様や自然がつくり出した柔らかな造形が官能的なイメージとなって見る者の想像力を刺激して、無機質な岩々が豊満な女体や潤いをたたえた女陰など、頭の中でさまざまな有機質へと変化をしていく。しかし、岩を擬人化したり、何かに見立てるのは著者の本意ではなかろう。
著者は、岩礁の岩々は「人知の及ばぬ悠久の時間と膨大なエネルギーが創造した、宇宙的な造形であることはまちがいない。その圧倒的な存在感は対峙する私を覚醒させ、千変万化するその形態と質感は私の深層に強く訴えてきた」と撮影記に記す。
見る者はただ、氏と岩との会話に耳を傾け、作品から湧き上がる圧倒的な存在感を目だけでなくその体全体で感じればよい。写真表現の新たな魅力に気づかせてくれる見ごたえのある写真集だ。 |