女剣一代

[KANGEKI 2017年3月号]
[舞踊芸術 3月号]
[クロワッサン 627号 2003年12月25日号]
副題が、聞き書き「女剣劇役者・中野弘子」伝。中野弘子(なかのひろこ)さんは戦前、戦後を剣劇役者として名を売った女優。5歳から座長として長く現役で活躍して、'96年に74歳でこの世を去っている。本の表紙は、戦前に維新の主人公を演じた頃のもの。
著者の伊井さんは気鋭のフリーライター。中野さんの活躍や発言を交えながら、戦前の演劇や浅草の演芸の歴史を掘り起こしている。丁寧で親切な本作りで、400人近い芸能人が紹介されている。ひとつひとつの逸話が貴重で、時代を反映している。著者の大きな志がうかがえる。今年の読書界の大きな収穫だ。

[日刊ゲンダイ 9月10日]

美空ひばりも惚れた“男装の女剣士”

 聞き書きによる「女剣劇役者・中野弘子」伝。中野弘子は知る人ぞ知る大江美智子、不二洋子、浅香光代らと並ぶ往年の女剣劇のスターである。
 1996年(平成8年)74歳で世を去ったが、著者は晩年の中野弘子と親しく会い、彼女の芝居にまつわる話を録音していた。
 438ページの大冊だが、中野弘子の生き生きとした語り口と著者の飄々とした文体が何とも面白く、読みだしたらやめられない。

【読みどころ】中野弘子は5、6歳から舞台に立ち、「中野児童歌舞伎」の人気者で「天才」といわれた。
子供が主役で歌舞伎十八番の「菅原伝授手習鑑」や「熊谷陣屋」「壷坂霊験記」などを演じ、喝采を浴びた。昭和の初めの頃のことである。
 とはいえ、子供のことで芝居の最中オシッコが我慢できず、何度も舞台でオシッコをもらしたという。
父・中野豊二郎はテキヤの親分から興行師になった人で、国劇座という大きな劇団を持っていた。この人なかなかのアイデアマンで弘子に歌舞伎だけでなく、タキシードを着てタップを踏ませたり、歌も歌わせた。やがて「男装の麗人」というキャッチフレーズも生まれる。
 15歳で中野弘子一座の座長となり、剣劇スターに。「女林長二郎」と持てはやされた。
当たり狂言は、長谷谷伸原作の「瞼の母」「一本刀土俵入」あるいは「国定忠治」など名ゼリフのあるお芝居。
 後年、美空ひばりから声がかかり、弘子は何度も会っている。
 ひばりの母親は弘子の目配りの良さをしきりにほめた。
 「あの目をちゃんと見習いなさい」とひばりに諭したそうだ。
 長谷川伸には一度自分の芝居を見てもらいたいと、父親と何度も自宅を訪ねたが、会ってもらえなかった。
ところが昭和29年浅草の松竹演芸場で公演中、長谷川伸が突然おしのびで見にきた。
 そのときの逸話は感動ものだが、これは本書をお読みいただきたい。

[YomiuriWeekly 2003年7月27日号]

 戦後、女剣劇四天王の一人として人気を博した中野弘子。その演技には美空ひばりもほれ込み、しばしば観劇に訪れたという。その生い立ちや芸歴から、演技の魅力までを余すところなく記した一冊。写真も満載で時代の空気が生々しく伝わってくる。

[時代劇マガジン 第4号(辰巳出版)]

美空ひばりも惚れた
女剣士・中野弘子の生涯

 男装をした女性が剣士などになり、舞台で活躍する女剣劇は大衆演劇として広く親しまれてきたものである。本書は、戦前から活躍し、戦後は女剣劇四巨星と言われた中野弘子の一代記。昭和の大衆芸能の深さが感じ取れる一冊だ。

[出版ニュース 2003年8月上旬号]

 「男装の女剣士」として戦前・戦後の大衆演劇界で人気を集めた女剣劇スター・中野弘子の足跡を聞書きで綴ったルポルタージュ。中野弘子は1922年生まれ、95年にファンが集まっての最後の舞台を経て、その翌年に73歳の生涯を閉じるまで、女剣劇役者一筋の道を貫いた。
 女剣劇のブームに火がついたのは、戦前も昭和10年代の前半であったという。旅回り時代から脚光を浴び、戦中の苦労を経て、戦後の浅草、長谷川伸や美空ひばりとの出会い、多くの舞台役者との関わりが生き生きと綴られている。聞取りのさなかに亡くなられるという事態にもかかわらず、著者の丹念な取材と構成で、豊富な写真・資料とも併せ、大衆芸能史としても貴重な労作である。

[大道芸アジア月報 2003年7月号]

 中野弘子は、平成8年8月に亡くなった、女剣劇の大スター。平成6年10月に最後の公演を行った。その公演を観て感動した著者による聞き書き。正統かつ邪道、伝統的かつモダン、掛け値なしの性倒錯……、昭和の戦前から戦後にかけて、浅草に咲いた芸の毒花・女剣劇。いままで語られなかったその歴史。

[エコノミスト 7月29日号]

評者・加藤哲郎(一橋大学)

 聞書きインタビューという形の歴史記録は、やがて消え行くのではないか。「子曰く」型の伝承は古くからあるが、史実としての信憑性は乏しい。これからはデジタルビデオで表情や声音も記録されるだろうから、活字で残す必要はなくなる。すると速記やテープ起こしをもとにした聞き書きは、20世紀に固有の歴史資料になるのでは?
(中略)
 まずは珍しい旅回り役者の証言、伊井一郎『女剣一代──聞書き「女剣劇役者・中野弘子」伝』(新宿書房・3800円)。けばけばしいポスターやブロマイドが時代の雰囲気を濃密に伝えるが、昭和20年7月、旅回り公演中に和歌山で空襲に遭う話には驚いた。敗戦直前に吉本興業が漫才師・歌手を引き連れ女剣劇公演中というのも貴重な実録だが、焼夷弾が「バーンと落ちちゃった。旅館がメラメラ」と、剣劇ばりに擬音だらけの中野弘子証言は迫力満点。もちろん白浪五人男から国定忠治、長谷川一夫から美空ひばりにいたる写真入り上演・交遊談は、ファンにはたまらないだろう。74歳で没する2年前の陽性インタビューである。
(後略)

詳しくは <http://member.nifty.ne.jp/katote/ecoreview5.html
本の詳細を見る→<ISBN4-88008-288-0