宇 江 敏 勝 コラム

 働いた 飲んだ 書いた
   『宇江敏勝の本』第一期全六巻 完結

 「働いた 飲んだ 書いた」 私がもし自分の墓碑銘を刻むとすればこのような文句になるであろうか。

 働いた、というのは長い年月にわたり山中で林業労働者として過ごしたこと。飲んだ、は飯場小屋でいつも焼酎を痛飲したこと。書いた、のは新刊で第六巻になる『若葉は萌えて』をはじめ林業、山村、民俗、動植物など山と森とを舞台とした作品群である。

 それにしても、労働や焼酎の量にくらべると、書いたことはあまりにも少ないような気がする。「書いた」の文字だけはぐんと小さくせねばなるまい。

 ものを書いたり読んだりするのは、夜または休みになる雨や雪の日の営みである。大勢の男たちが布団を並べるせまい山小屋で、私はたいてい入口に近い場所に陣取り、机がわりに粗末な木箱を使っていた。重油などによる機械発電は時間がくれば消されるから、あとはローソクの明りで夜ふかしをした。労働でこわばった手に鉛筆をにぎりしめ、大学ノートに書きつけたのである。労働の内容や、仲間たちの言動を克明に記録することによって、自分のおかれている世界を明らかにしようと考えていた。

 まわりの男たちはもちろん文学などには関心がない。たまに好奇心で覗きにくる者がいても、私はとおりいっぺんの返事しかしなかった。自分のことが理解されようとはさらさら思わなかったのである。働いたり飲み食いをする場面では、仲間たちとうちとけて快活ではあったけれども。

 作家になってからは、雑誌などの注文に応じて、聞書きや調べごとも多少はするようになった。しかし、いずれも自分の生活体験に重ねて、あるいは延長上のこととして書いている。どんなに短い文章でも、テレビや新聞や書物などの情報だけに頼っては書く気にはなれない。自分が体験し、または眼で確めた事実が基本なのである。

 それにしても、『宇江敏勝の本』第一期全六巻、をようやく完結できたことに感慨をおぼえている。数は多くはないかも知れないが、かくれた全国的な固定読者が長年にわたって支持してくださったおかげである。もちろん、新宿書房社主、村山恒夫氏のご理解と根気の結実であることはいうまでもない。

             二〇〇二年十月
                      宇江敏勝


宇江敏勝の本