コラム/高橋豊子



言葉の旅スケッチ(7)

スペイン

[2002/07/29]

 スペインは私にとって憧(あこがれ)れの土地である。
 フランスから列車でスペインヘ入ったことがある。ナルボンヌから西へ向かう列車は、地中海の海と空の青を突っ切って、昼間の銀河鉄道のように走っていく。
 国境のポル・ボーでスペインの列車に乗り換えた。
 しばらく行ったとき、車両の前のほうで男が立ち上がった。毛むくじゃらなその大男はやおら後ろを向くと、大声で何かを訴え始めた。二十時間で仕入れた旅のスペイン語ではとても理解できない内容だった。
 「彼は何を言っているのか?」と、私は隣の席の青年に、習いたてのスペイン語で尋ねた。“Poverty.”(貧しさ)と、青年は英語で答えた。
 演説を終えた男は、逆さにした帽子を持って車内をまわり始めた。クリスマスの季節だったからだろうか。帽子が私たちのところへ来たときには、かなりの量のお札と硬貨が入っていた。青年もポケットを探って小銭を入れた。私もおつき合いでいくらか入れた。
 バルセロナで降りるとき、私は青年にこれまたスペイン語で「フェリス・ナビダー」(メリー・クリスマス)と挨拶(あいさつ)した。青年は一瞬、じっと私を見てから答えた。「ボナタル! カタロニアではそう言うんだ」
 そうだ、ここはスペインではなかった。カタロニアだった。
 カタロニアの第一公用語はカタロニア語。一九七〇年代まで中央政府に使用を禁止されていたが、人々はその時代にも、この言語を使いつづけたという。
 だが、バルセロナで言葉のために困ったことはなかった。さすが商都として栄えてきた土地柄である。お客様にスペイン語を使うことは厭(いと)わない。英語もよく通じた。
 とすると、と私は疑問になった。車中でのあの熱弁は生活用のカタロニア語?それとも商売用のスペイン語? いまとなっては謎(なぞ)である。

本コラムは『中国新聞』2000年8月24日から9月4日まで連載されたものの再掲載である。

*著者(たかはし・とよこ)は、アリス・テイラーのシリーズの翻訳者。フリーの翻訳・編集者。


高橋豊子 コラムトップメニューへ


あああ
あああああああ