コラム/高橋豊子



ああ

言葉の旅スケッチ(2)

イギリス

[2002/06/26]

 “クィーンズ・イングリッシュ”といって一括(くく)りにされがちなイギリス英語にも、実はさまざまな英語があって楽しい。
 湖水地方に近いランカスターという町の大学にしばらくいた。町の市場で買い物をすると、お釣りといっしよに「ター!」と、威勢のいい声が返ってくる。最初は怒鳴られているのかと思った。“ta”はthank youが変化したもの。「主に幼児語と書いてある辞書もあるが、大人もふつうに使っていた。日本語で言うと「毎度!」といったところだろうか。
 大学のキャンパス内で英語がすこし分かるようになったと喜んでも、町へ出るとがっかりということもよく経験した。
 それでも、この辺りはまだましなようだった。すぐ南のリバプールの言葉を聞いたときは、それが英語だとはとても思えなかった。
 そのリバプールの近くで生まれ育った友人と東海岸のニューカースルヘ行ったことがある。市内で道に迷っていると、友人が言う。「ここの言葉は変わっていて分からないから、代わりに聞いてくれる? 日本人なら分かるかもしれない!」
 なかにはさすがクィーンズ・イングリッシュという英語を話す人もいる。言語学を専攻したある友人が「ありがとう」に応(こた)えて“Not at all.”と、ちょっと鼻にかかった声で言うときには、気品すら感じられる。
 しかし、その友人はまた、汚い言葉の名手でもある。ネイティブ・スピーカーでない私にはその汚さの程度がピンとこない。だが、かなりひどいものであるらしい。行きつけの店を出入り差し止めになったこともある。
 その彼女は、いまも海外で“クィーンズ・イングリッシュ”を教えている。そして、それが英語による世界支配に手を貸すことになるのではと、悩んでいる。英語には世界の共通語という面もあるのだからと、それをなぐさめるのは私の役目である。

本コラムは『中国新聞』2000年8月24日から9月4日まで連載されたものの再掲載である。

*著者(たかはし・とよこ)は、アリス・テイラーのシリーズの翻訳者。フリーの翻訳・編集者。


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