コラム/高橋豊子



「邦人給仕銃殺問題-愛蘭に起れる事件」6

[2003/05/09]

ファレル一家4人の釈放後も、ジョーンズ家はじめ地主層のあいだでは、彼らを犯人とする見方が有力だった。しかし、地元民のあいだには別の説が広まっていた。

ジョーンズ家の敷地にはウサギや鳥を撃つ密猟者がよく入りこんだ。屋敷の以前の所有者はこれをある程度、黙認していたという。人目につかない範囲なら目をつむり、たとえ見つかっても敷地外へ出れば、それ以上は追わないというのが、双方の暗黙の了解だった。ジョーンズ氏が屋敷を買ったとき、はたしてこの取決めが引き継がれていたかどうか? いずれにせよ、主人に忠勤を励む小西にとって主家の境界を侵す密猟者は許せないものだった。過去にも何度か密猟者と衝突を起こしていた。

小西は早起きで、邸内の見回りと好物のキノコ採りを兼ねて、隣地との境界近くまでよく出かけたという。そこで密猟者を見つけて追いかけ、恐れをなした相手が銃を引いたというのが、地元の見方だった。

屋敷から2キロほど離れた所に独り者の男が住んでいた。地元の子供たちは、この男に向かって "You killed the Jap, you killed the Jap."(お前が殺った、ジャップを殺った)と囃子立てたという。

ギルロイ氏は付録として、巷の別な言い伝えも紹介している。それによると、ジョーンズ氏が小西に約束した終身の住まいと100ポンドの年金を重荷に感じたジョーンズ夫人と息子たちが小西を殺害し、ファレルを犯人に仕立てたようとしたのだという。

事件はその後、アイルランドでの大労働争議、自治・独立問題、第一次世界大戦という歴史の波に飲み込まれ、未解決のままとなった。

ジョーンズ氏という後ろ楯を失ったあと、小西は故郷へ帰ろうかと周囲に話したことがあるという。その故郷ははたしてどこにあったのだろうか? どなたかご存知ではないだろうか?(了)

(編集部から:小西清之助についてどんな情報でもけっこうです、ご存じの方は編集部までご一報下さい)


*著者(たかはし・とよこ)は、アリス・テイラーのシリーズの翻訳者。フリーの翻訳・編集者。


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