ああ

“村”の模様替え

[2002/06/10]

高橋豊子

5年前のちょうど今頃、「アイルランド物語」シリーズの著者、アリス・テイラーさんをコーク市郊外のイニシャノンの村に訪ねた。The Village 翻訳の下準備として、文中に出てくる様々な場所を見学するのが目的だった。

「村物語」下見の旅は、南西部随一の観光地、キラーニーから始まった。アリスが学校を出てはじめて家を離れ、電話交換手として研修を受けた町である。ここから海辺へ出て、海岸沿いにウエスト・コーク地方を回り、バンドン経由で”村”に着いたのは、アイルランドとしてはめずらしくよく晴れた日の夕方のこと。3年ぶりに見る村は、ずいぶん明るく、はなやいで見えた。まぶしいほどの日差しのせいかと思ったが、それだけではなかった。アリス一家のスーパーと家がすっかり明るく模様替えしていたのだ。かつて、店はベージュの壁に黒い屋根、家はくすんだピンク色で、いわば落ちついた雰囲気をかもしていたが、それがいまは、それぞれ山吹色と青に塗り変わり、シャープなコントラストを見せていた。アリスはこの新しい壁の色に満足げだった。「前のも自分で選んだのだけど、あれはあんまりよくなかったわ」と、笑って話した。

中庭を囲む壁は中国風の雰囲気がする紅色のままだったが、裏庭は土を入れて整備中。古い、よく茂った木々がつくる庭いっぱいの木陰を、何種類もの草花が花束のように飾っていた。この模様替えは表通りにまで及んでいて、アリスは村の西側の道路沿いを花壇にしようと、スコップを手に作業に出かけていく。ご主人のゲイブリエルさんは、グラウンドのまわりに繁茂した雑草を指さし、「これもなんとかしなければ」と、思案していた。

当時、アイルランドはバブル景気の上り坂。ダブリンにつぐ大都市コークは、ビル、道路、橋の建築ラッシュの真っ最中で、その通勤圏にあるイニシャノンも人口が急増して活気づいた。アリスの庭のすぐ裏手は、イギリス支配時代の屋敷跡が森になって残っていたが、それも分譲住宅として再開発された。交通量も目立って増えた。アリスは、「川向こうに早く迂回路が早くできると、村がまた静かになるのに」と、もとの静かな暮らしをなつかしんだ。

アリスたちの美化努力が実って、村はその後、賞をもらった。バブルもはじけた。しかし、村がもとの静けさを取り戻せたのかどうか、それが気にかかっていた。ようやくThe Village を「アイルランド 村物語」として出版できた報告をかねて、先日、アリスにそれを問い合わせてみたのだが、いまのところ、まだ返事は届いていない。

*著者(たかはし・とよこ)は、アリス・テイラーのシリーズの翻訳者。フリーの翻訳・編集者。


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