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志賀田孝史

スウェーデンの地方名について

 今回滞在したのはウプサラ(Uppsala)という街である。正式にはウプサラ・コミューンという。ウプサラ・コミューンはウプサラ・レーンにある。

 レーン、コミューンってなんだ?という方も多いと思う。話が脇にそれてしまうが、先に説明した方がわかりやすいと思うので、まずスウェーデンの地方の呼び方について紹介しておきたい。

 スウェーデンの地方自治は、日本の市町村にあたるコミューン(kommun;コミューンのホームページをみると英語ではmunicipality(自治体)と翻訳されている)と、都道府県にあたるレーン(ランスティング)により行われている。レーン(lan)は地域区分の呼び方で、ランスティング(landsting)は、そのレーンの行政を行う組織のことである。ちなみにウプサラのランスティング(Landstinget i Uppsala lan)の英語のホームページをみるとUppsala County(ウプサラ郡)、と訳されている。日本風にたとえるならば、レーンが県で、ランスティングは県庁といった感じだろうか。ただ、これはあくまでたとえで、よくいわれるようにスウェーデンは地方分権が進んでいる。地方自治体の独立性は非常に高く、権限も大きい。ランスティングとコミューンの役割分担もはっきりしており、スウェーデンの地方自治制度は、中央集権的な日本の制度とは似て非なるものだ、ということは理解しておく必要がある。すなわち、日本であれば国がやるようなことでも、スウェーデンではその多くがランスティングなりコミューンなりの責任で行われる。なお、ウプサラ・レーンのランスティングはウプサラ・コミューンにおかれている。ウプサラ・レーンにはウプサラのほか、エンシェーピン(Enkoping)、ホーボ(Habo)、エストハンマル(Osthammar)、ティエルプ(Tierp)、エルブカッレビ(Alvkarleby)の5つのコミューンがある。

 現在、スウェーデン国内にはレーンが24、コミューンが289ある。しかし2003年にはウプサラ・コミューン内のクニブスタ(Knivsta)地区が独立して290番目のコミューンになるという。スウェーデンでは早くから市町村合併が政策として推進され、1950年当時、教会の教区割を基盤に2281もあった市町村(コミューン)が、278にまで整理された。ウプサラも1974年に18のコミューンが合併して現在の姿になった。だから市域は50km四方にもおよんでいる。それだけ広い地域を同じ行政単位にしてしまうと、住民にとっては、やはり何かと不便だったり、なじめなかったりということもあるのかもしれない。クニブスタのような地域は他にもあって、現在コミューンの数は若干増えている。

 また、古くからの地方の呼び方に、ランスカップ(Landskap)というのもある。スウェーデンにランスカップは24あって、これは日本でいうと、旧国名のような感じだろうか。現在、行政区分上の意味はほとんどないようだが、スウェーデン国内で地域を表現するときに、いちばんしっくりくる地域区分はランスカップのようで、出身地をいうときや、観光地の宣伝、文学作品などでよく使われる。たとえば、ダーラナ(Dalarna;馬の飾り物で有名)とかスコーネ(Skane;古城めぐりで有名)、スモーランド(Smaland;ガラス製品で有名)など、日本でもよく紹介されるようになってご存じの方も多いと思うが、これらはすべてランスカップ名だし、有名な「ニルスの不思議な旅」でニルスたちがめざす「ラップランド(Lappland)」もランスカップ名で、これはスウェーデン最北部の内陸側にあたる(自然は豊かだが、冬は寒く、過疎化の進む地域である)。ちなみにウプサラ・レーンはウップランド(Uppland)というランスカップにある。ここには他にストックホルム(Stockholm)・レーンとヴェストマンランド(Wastmanland)・レーンの一部が含まれる。それからウプサラ・コミューンには北欧最古のウプサラ大学があって、全国から学生が集まるが、ここには学生のためのナショーン(Nation)という施設が13ある。ナショーンは学生のための福利厚生施設だが、これも単独あるいは複数のランスカップ単位でもうけられた施設で、学生は出身地のナショーンを利用することになる。

 さらに、人々の風俗や習慣、あるいは方言などもランスカップごとの違いが大きい。だから、スウェーデン語を学ぶとき、先生の出身地で発音がずいぶん違うこともあるが、親切な先生なら、「ストックホルム周辺ではこんな発音ですが、私の地方ではこう発音します」と教えてくれる。スウェーデン語初心者の私が聴く限りでは、テレビなどの発音はストックホルム周辺の発音が主体のようなので、ウップランドやセーデルマンランド(Sodermanland)といったランスカップの方言が、標準的なスウェーデン語ということのようだ。

 また、レーンが主体となって経営している地方のバスや鉄道などの公共交通にもランスカップの名前がついていることが多い。ウプサラにもウップランズ・ローカルトラフィーク(Upplands Lokaltorafik;ウップランド地方交通)というウプサラ・レーンのランスティングが運営している公共交通機関があって、ウプサラ・コミューンやその近郊へのバス路線、ストックホルム(アーランダ)国際空港とのシャトルバス、ウプサラ中央駅から北方へのローカル鉄道などを経営している。

 このように、ランスカップはスウェーデン人にとっては、日常の感覚にいちばん根ざした、親しみやすい地域区分である。民俗学や地勢学上の違いをいちばん反映した地域区分だから、ナショーンのように出身ランスカップごとの同郷意識や結束、対抗意識がけっこう強い、ということになるのだろう。だからスコーネとかダーラナなど、ある地域だけ観光して歩き、それだけでスウェーデンすべてを知ったつもりになってはいけない。こういうことはどこの国に行ってもそうかもしれないが。とにかく、ランスカップを知らずして、スウェーデンを知ることなかれ、と思う。

 今回説明してきたことは、観光などでほんの少し滞在するようなときにはどうでもいいことかもしれない。しかし、どうでもよすぎるということなのか、あまりにも知られておらず、触れられてもいないようだし、筆者自身もちょっと混乱していたところなので、ちょっと詳しく調べてみた。読者の方も、こういうことを知っていた方が、今後の話が少しは面白くなるだろうと思います。次回はいよいよ、今回の滞在地、ウプサラの話をしましょう。

*志賀田孝史(しかた・たかし)は編集者。北欧おたくが高じて今夏、スウェーデン語を学びにスウェーデンまで行ってきた。

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