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関 沢 英 彦
郊外のゆるゆるの昼下がり
平日の昼間、郊外の駅ビル書店をのぞいてみよう。当然、客層は子育てで忙しい母親たちと年配の男女ということになる。最上階の食堂街でパスタランチやにぎり定食を食べた後、その下の階にある広い本屋さんに立ち寄るのである。入り口周辺には、養老さんの特設棚があり、その横には、片山恭一『世界の中心で、愛をさけぶ』(小学館)が並んでいたりする。
若い母親たちが群がっているのは、単行本よりも雑誌のコーナーである。といってもファッション系雑誌の前はすいている。インテリア・雑貨・生き方などを紹介するライフスタイル系雑誌の方に人気がある。数えてみると、この系統の棚には40種類の雑誌とムックがあった。
『LingKaranリンカラン』(ソニー・マガジンズ)の隔月化創刊号(Vol.5)は、「春のウキウキ弁当」を特集している。渡辺満里奈と藤井尚之が逆光の野原を歩いている表紙。「春ウララ~野山をピクニック」を提案しているようだ。こうした雑誌には、どれもスローガンがついているが、この創刊号には「心とカラダにやさしい生活」とある。
『天然生活』(地球丸)は6月号が創刊3号。「小さなこだわり 小さな暮らし」がテーマである。「手仕事を訪ねてきました」「ひと手間がおいしい」といった記事が並んでいる。
『Maika'i』(ネコ・パブリッシング)はムックだが、読者層がつきそうな企画である。スローガンは「ハワイアン・スローライフ」。いかにも、ゆったりとする表紙写真に「ゆるゆると暮らす幸せ」と書いてある。ムウムウでも着て「ハワイアンヨガで『ゆるるん体験』」を試みたくなる。
『Ku:nel』(マガジンハウス)は、2003年9月に創刊の隔月刊誌。ノンビリ系の新境地を開いた雑誌である。最新号は、「お引っ越し?」が特集。西に傾いた陽射しの中にある古めかしい椅子が印象的だ。この雑誌のレイアウトは、わざと力を抜いたような不思議な脱力感がある。写真も鮮明さが出すぎないように工夫しており、昔の雑誌の肌合いを狙っている。最初に手に取ったとき、かつての『暮らしの手帖』の風合いを感じたが、かなり計算されているところが、この出版社らしい。「ストーリーのあるモノと暮らし」がテーマとなっているが、今回は、「ふんどしで過ごす日々」などという記事もある。
以下、棚にあった雑誌・ムックから目についたものをあげておこう。『プラス1リビング』(主婦の友社)はインテリア雑誌。「ていねいに暮らしている人はインテリアも素敵」というスローガンがついている。「ていねいに暮らしている人」という言葉が、子育てのために家庭で過ごすことを強いられている女性たちに、「いまという時間」を肯定してあげる役割を担っているのだろう。
『そよそよ』(主婦の友社)は、「ガーデンカルチャー・ムック」と題されている。「庭が静かに咲いていました」というタイトルはうまい。『いつもの暮らし いつもの時間』(青春出版社)は、「アンティーク時計と過ごす、幸せなとき」をテーマにしたムック。「ゆるゆると行こう」と表紙にある。
それにしても、昼下がりの郊外書店には、なんと多くの「小さい生活」が並んでいるのだろう。「ゆるゆる」と「心とカラダにやさしい」ものを求める中で『いつもの時間』が流れていく。『ストーリーのある』といってもそうした静かな日常。
だからこそ、棚の隣に置かれた「韓国ドラマ」コーナーが際だつのだろう。「冬のソナタ」関連を始めとして11冊の雑誌・ムックがあった。日常性をゆさぶるものは、やや古めかしい恋愛ドラマだけなのか。
帰りがけに書店の入り口付近で見つけた「非日常本」は、辺見庸『抵抗論』(毎日新聞社)、金原ひとみ『アッシュベイビー』(集英社)、桐野夏生『残虐記』(新潮社)くらいのものであった。
どっぷりと郊外の小市民の暮らしに浸りながら、こうした日常を超えた単行本を読んでいる女性たち。いうまでもなく、少数派だろうが、彼女たちと駅前のコーヒーショップで話し込んでみたい気持ちもある。
関沢英彦のコラムへのリンク http://www.athill.com
*著者:関沢英彦(せきざわ・ひでひこ) 東京経済大学教授・博報堂生活総合研究所所長。最新刊『生活という速度』
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