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関 沢 英 彦
人生に水をやる余裕を
馬車ができた時、汽車が走った時、電話が通じた時、そしてコンピューター・ネットワークの誕生──。社会の速度は時代を経るごとに速くなる一方だ。人はそれを追いかけてきた。そして今、私たちはスローライフを求めている。
「二つの速度のギャップをどう埋めるか。その鍵は『時には人生に水をやる』発想だと思います。ハツカネズミのように四六時中あくせくせず、時にはネコのようにくつろぐことです」
近年、情報の加速度はケタ違いだ。他人より早く情報を得て、意思決定し、素早く動く者が勝つ時代。のんびりしていたらグローバル社会に取り残される。「だから、やらねばならない時は、覚悟を決め、さっと動く」
高速で働き、個人に戻れば意識的にスローペースに時間のスイッチを切り替える。一九八六年にイタリアで起きたスローフード運動が世界に広がったのは「心臓の鼓動に合った速度を取り戻す動きだったからではないでしょうか」。
「せっかくの休みだから」と休日にレジャーを無理に計画することに疑問を持つ。「何もしないのも大切な過ごし方。知人に『何もしなかったの?』と言うのはやめませんか」
高齢化社会のなか、老後の不安感も広がる。「不安は、お金がないからではなくビジョンが描けないから」。団塊の世代は今、五十歳代半ば。人生八十年時代のちょうど八分の五に当たっている。「この世代が定年を迎える四―六年後に向け、今年は助走期間の始まり。定年後の『着地法』を皆、考えているはずです」。責任を負い無理をして頑張ってきた世代が、ようやく時をゆったり過ごすことに目覚めた。「高級ギターや大型オートバイの人気はその表れです」
収入が好景気のころの八分の五前後の家庭もあるだろう。しかし、「貧乏暮らしも良し」と割り切り、「やりたいことを絞って楽しむ」という前向きの姿勢も見えてきた。ただ、ほかをあきらめるある種の覚悟も必要だ。
「走ってきた自分を振り返り、時には歩き、立ち止まる。『時には人生に水をやる』余裕があると人生に膨らみが出ます」
『読売新聞』大阪本社版2004年1月1日より
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*著者:関沢英彦(せきざわ・ひでひこ) 東京経済大学教授・博報堂生活総合研究所所長。最新刊『生活という速度』
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