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 関 沢 英 彦

林に入ると蝉の声が雨のように降りかかります。地面にしゃがみこむと、蟻たちは懸命に食べ物を運んでいて、生き物たちにとっても夏の盛りです。夕暮れになると、生き返ったように犬たちが川べりに表れます。彼らにとっても酷暑でありました。

夏休みを終えて、ひさしぶりの大型書店。生物に関連した書物がいろいろと並んでいました。『生命の形式-同一性と時間』(池田清彦・哲学書房)は「自ら生成し、時間とともに変化する自らを、常に確定し、自らの同一性を維持する」と帯にあります。これは、無賃読書ではなく、すでに購入して家で読んでおりました。帯の言葉は、池田さんが生命を定義するとこうなると本の最後のほうで記していたことです。

世の中でも、いまでは普通にシステムという言葉が使われます。最近、感じるのは年代によって、正確に言えば、学校教育を受けた時代によって、システムの概念が微妙に違っていること。インプットがあってアウトプットがあってという単純な図式から、自ら生成するとか、システムの境界線を自分自体で確定していくといったことに言及する新しい考え方まで様々です。教育を受けた後、自分で本を読んできた人は、年配でも生命論的な知見を踏まえていて、左から入力すると右へ出力があってということにはなりません。このあたりは面白いことです。

池田さんの隣には、同じ「生命の哲学」シリーズで、『生成する生命-生命理論第1部』(郡司ペギオー幸夫・哲学書房)が平積みです。雑誌で、彼の名前を最初に見たときの印象はいまでも鮮明にあります。このミドルネームは何だろうかと思ったのです。ま、それはいいとして、内容は、いつ読んでも私には難しい。郡司さんだけでなく、内部観測といった類の本はつい読みたくなるのですが、自分が分かったのか分からないのか分からない。つまり、少しも理解していないのです。でも、読みたくなる。

これも平積みの本ですが、『遺伝子があなたをそうさせる-喫煙からダイエットまで』(ディーン・ヘイマー/ピーター・コープランド/吉田利子訳・草思社)は、ゲイ遺伝子を発見したと話題になった著者によるもの。そうか、日本の生命論の本を読みたくなるのは、こうした還元主義、何でも遺伝子という単一の要素から説明していく生物学の主流派を解毒したいからかも知れません。

『天才と分裂病の進化論』(デイヴィッド・ホロビン/金沢泰子訳・新潮社)は、とても刺激的な本です。脳内の脂質代謝の生化学的変異が精神の病を生んだし、同時にすぐれた知性を生んだという仮説。統合失調症というものが、人間の進化の過程と密接な関連をもっているという指摘には興味をひかれます。

『死体につく虫が犯人を告げる』(マディソン・リー・ゴフ/垂水雄二訳・草思社)は邦訳のタイトルがいいですね。法医昆虫学の話。捕虫網をもって殺人現場に向かうというシーンが目に浮かびます。

・・・と、生き物の話が多いお盆あけの書棚です。ところで、『百鬼繚乱 江戸怪談・妖怪絵本集成』(近藤瑞木編・国書刊行会)という新著。本を持つ手が疲れるのも忘れて、見入ってしまいます。さて、妖怪というのも、生物系の本というトレンドに入れていいものでしょうか。

関沢英彦のコラムへのリンク http://www.athill.com

*著者(せきざわ・ひでひこ)は、博報堂生活総合研究所所長。

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