関 沢 英 彦

足腰さえ強ければ、本屋さんは、いいところです。洋服を試着はできても、着て帰るにはお金を払わないといけません。でも、本は、内容を頭に沁みこませて店を出ても逮捕はされません。無銭飲食は罪です。それを思うと、無賃読書もいけないことでしょうが、お腹はいっぱいにならないから、許されるのでしょうね。

本日は、最初に『口語訳 古事記[完全版]』(三浦佑之・文藝春秋)が目に入りました。手に重い。立って読むには、腕立て伏せの訓練も必要です。「語り部」の口から、古事記が語られます。「そうよのう」という声音が聞こえてきます。本居宣長の読みを越えることが求められると著者は言います。「私たちの根拠を見つめ直す契機」ともあります。ゆっくりと古事記の語りを聞きたいと思いました。

下の段に『カフカ小説全集6 掟の問題ほか』(池内紀訳・白水社)がおります。手の中で転がしたくなる柔らかさを持った訳文です。お隣りに多和田葉子の本が2冊並んでいました。『球形時間』(新潮社)と『容疑者の夜行列車』(青土社)です。ハンブルグ在住の彼女の著作は、ずいぶん親しんできました。彼女の言葉にくるまれたいと思うときがあるのです。

おや、色のきれいな表紙。『吉田健一 友と書物と』(清水徹編・みすず書房)を開きます。吉田健一の眠くなるような文体に、久しぶりに再会します。清水の解説にも目を通します。神保町の「ただのビアホール」の話が引用されています。今日は、なんだか、ふんわりとした日本語の音たちにめぐり合いました。無賃読書25分。さあて、吉田健一が座っていたビアホールまで、2分ほど歩きましょうか。

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*著者(せきざわ・ひでひこ)は、博報堂生活総合研究所所長。

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