石井達朗さん&『異装のセクシュアリティ』(新版)との出会い

三橋 順子

石井達朗さん(気持ちとしては「先生」と書きたいのだが、ご当人がお好きでないようなので「さん」と書く)と私との最初の「出会い」は、1991年12月に創刊された日本初の女装系商業雑誌『CROSS DRESSING』第1号(光彩書房)でだった。この雑誌にはその年7月に刊行された『異装のセクシュアリティ』の著者である石井さんの写真入りロングインタビューが掲載されていたが、構成がちょっと変わっていて、見開きの右頁に石井さんのインタビュー、左頁に当時神田にあった女装クラブ「エリザベス会館」の「美女」6人のポートレートという形になっていた。その6人の中に黒のミニドレス姿の私がいた。

『異装のセクシャリティ』(旧版)は刊行直後に読んでいたが、このわずか2号で潰れてしまった(時代が早すぎた)不運な雑誌の不思議な誌面構成のお陰で、私の意識に石井さんの大学教授としてはかなり個性的な容貌がしっかり印象づけられた。

実際に石井さんにお会いできたのは、それから4年以上後のことだった。たしか1996年4月、ゲイ・ライターの伏見憲明さんのトークライブの会場(新宿のロフト・フラスワン)でだったと思う。初対面のご挨拶をしたら、「あ~、三橋さん。前から知ってましたよ」と言ってくださった。私のようなアンダーグラウンドな世界の者にとって、表の世界の先生に認識されていたということは、それだけで大感激ものだった。次の機会は、1997年5月、恵比須で開かれた石井さんの著書『ポリセクシュアル・ラブ』の出版祝いの会だった。その時、石井さんは「その内、一緒に何かやりましょう」と言ってくださり、私はモデルみたいなことをお手伝いするつもりで「はい、ぜひ」と気楽に答えたことを覚えている。


石井さんとのツーショット(1997年5月の撮影)

その「何か」が、この度『異装のセクシュアリティ(新版)』に収録された石井さんと写真家の石川武志さん、そして私の鼎談「ヒジュラに学べ!-トランス世界の論理と倫理-」だった(1997年12月22日 『ユリイカ』1998年2月号に掲載)。インドの両性具有者集団ヒジュラを長年追い続けている石川さんの迫力満点の写真を見ながら、世界各地のトランスジェンダー現象に通じている石井さんのお話をうかがうことができた数時間は、私にとって言葉では表せないくらいとても刺激的なものだった。私の頭の中に世界各地のトランスジェンダーと日本のトランスジェンダー世界とを対比した類似点と相違点が次々と浮かび上がり、日本のトランスジェンダー世界の文化的特質についてのイメージが見えてきた。お読みいただければわかると思うが、鼎談の前半で淑女のようにおとなしかった私が後半でやたらと多弁になるのは、そうした事情からである。

ところで、『異装のセクシュアリティ』から私が学んだことが3つある。一つは、トランスジェンダーと芸能という視点である。この視点から私は昨年、現代風俗研究会(京都)で「トランスジェンダーと興行」という研究発表を行い、不十分ながらも日本近現代のアンダーグラウンドなトランスジェンダー芸能の世界を通史的に叙述し、日本文化におけるトランスジェンダー芸能の特質について考察することができた(同名の論文が『現代風俗2002』に掲載予定)。

二つ目は、フィールドワークの重要性である。『異装のセクシュアリティ』の欠点を敢えて挙げるとすれば、あれだけ広く世界各地のトランスジェンダー現象に着目しながら、お膝元の日本のトランスジェンダー世界のフィールドワークが必ずしも十分でないことだろう。以前、そのことを石井さんにお話したら「それは三橋さんに任せたよ」と言われてしまった。その石井さんが私に残してくださった仕事、東京新宿の女装コミュニティの最初のフィールドワークを最近やっとまとめることができた(『中央大学社会科学研究所年報』7号に投稿中)。宿題を少しだけ片付けた気分である。

三つ目は、トランスジェンダーとしての私の生き方である。第1章で紹介されているアメリカ先住民社会の「女装のシャーマン」ベルダーシュに典型的に見られるような、トランスジェンダーがその特性を生かしながら一つの社会の中で重要な役割を果たしている有り様は、私自身の生き方に大きな示唆となった。つまり、一人の女装者として社会の中でどれだけのことができるか、やれるだけやってみようということである。そうした意識に基づいて、私は女性専用のコミュニティサイトで人生相談コーナーを担当したり、中学校で行われる「差異と差別を考える」授業の臨時講師をしたり、自治体主催の男女共同参画講座の講師をするなど、現代日本社会の中でトランスジェンダーとしての視点を生かした役割を積極的に果たそうと努めている(まだまだ風当たりは強いし、なかなかお呼びがかからないけども。→ お声をかけていただければどこでも参ります)。

という訳で、石井さんと『異装のセクシュアリティ』は、ネオン輝く新宿歌舞伎町の女装世界でちょっとは名を知られたセクシー系姐ちゃんだった私に、トランスジェンダーという事象を文化的・社会的に考えるおもしろさと必要性、そして一人のトランスジェンダーとして社会の中で生きていく意義を教えてくださった恩人である。


2001年9月、足立区立足立11中学校の「よのなか科」の臨時講師を務めたとき。
 左は藤原和博(http://www.yononaka.net/)。

今、私は駆け出しの性社会史研究者として、あの鼎談でしゃべった(法螺を吹いた)ことを学問的に実証・論理化する作業に没頭している。40代半ばを越えて、しかも男から「女」へと社会的性別を変えての新しい学問領域への挑戦は、いろいろ苦労も多いが、それだけに知的刺激に満ちている。なんとか頑張って2~3年の内には『日本におけるトランスジェンダーの社会史』をまとめて、石井さんにお見せしたいと思っている。

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[三橋順子(みつはし じゅんこ) ]
女装家。中央大学社会科学研究所客員研究員。戦後日本〈トランスジェンダー〉社会史研究会幹事。男性から女性への性別越境者としての多彩な体験と、持論である「性の多層構造論」をベースに、トランスジェンダーの立場からジェンダーやセクシュアリティの問題に発言している。2000年度には中央大学文学部で性別越境論を講義し「日本初の女装大学講師」としてマスコミに紹介された。近年は性社会史の分野に強い関心を抱き、日本の異性装者の社会史的研究を精力的に進めている。
編共著に『美輪明宏という生き方』(青弓社)、『戦後日本〈トランスジェンダー〉社会史Ⅰ』(中央大学)、論文に「トランスジェンダー論 -文化人類学の視点から-」(『クィア・スタディーズ'97』 七つ森書館)、「『性』を考える -トランスジェンダーの視点から-」(シリーズ 女性と心理 第2巻『セクシュアリティをめぐって』 新水社)、『トランスジェンダーと学校教育』(『アソシエ』8号 御茶の水書房)などがある。

三橋順子ホームページ
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順子の着物大好き
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