まど・みちお先生の聞き書きを一冊にまとめた『すべての時間を花束にして』(佼成出版社刊)が、この秋になんとか形になりました。 童謡「ぞうさん」の作詩でおなじみのまど先生は、小さなノーベル文学賞といわれる国際アンデルセン賞作家賞を日本人で初めて受けられた(1994年) 、いわば国際的な詩人です。しかも、現在93歳の現役詩人です。 先生の作品には、他にも、私が愛唱してやまない「やぎさんゆうびん」や「ふしぎなポケット」、「ドロップスのうた」などの童謡の名作があります。童謡集『地球の用事』(JURA出版局)、詩集『てんぷらぴりぴり』、『まど・みちお全詩集』など多くの作品を書き続けてこられました。(詳しくは、やはりこの秋に出版された『まど・みちおのこころ』(佼成出版社刊)の巻末、「まど・みちおプロフィール」をご参照下さい。) 取材の最初の日に、「いま私が書きたいのは<時間>についてなんです」と呟いたまど先生。冒頭の引用詩「なんじなんぷん!」の<ほんとはぜんぶの なんじなんぷんを はなたばにして だきかかえていたいのに>というフレーズより、この本のタイトルが生まれました。私はその後記にも記したように、取材が進むなかで、すべての「時間」とはす 私どもが1985年に創設しました「こどもの本を楽しむジルベルトの会」の会報『風のたより』(月刊/100号発行後一時休刊)で、まど先生の詩が紹介されたことがあります。以来、私はその詩の世界に驚き、かつ親しんできました。そのご縁で、神沢利子先生からお誘いを受け、まど先生のお誕生日の祝いの会に出席したのは、10年ほど前のことだったでしょうか。 その集いは、神沢先生の朗読もあるという贅沢でうちとけたものでした。会の最後に、司会者が「では、まど先生、何か一言お願いします」と言いますと、すらりと背の高い先生がお立ちになって、「きょうは、ほんとうに、どうもありがとうございました」とおっしゃって、深々と頭を垂れたのです。まさにその一言のみでした。 それが、先生を初めて拝見した日の出来事でした。その時の印象が、今回、久々にお逢いしてもまったくそのままで、変わることはありませんでした。もしかすると、この方は若い日からずっとこのようだったのではないかと思われたものです。 申すまでもなく、阪田寛夫著『まどさん』(1985年、新潮社)という名著があります。正直なところ、最初から、まど・みちおという人間を表すこの本以上のものはあり得ないと思いました。また、佐藤通雅著『詩人まど・みちお』(1998年、北冬舎)というその詩的空間に迫った稀なる本も存在します。 それらを承知の上で、まど・みちおというひとりの人間に尋ねたい思いがむくむくと湧いてきて、私のなかで渦を巻いておりました。とにかく、いまのいま(2000年)の「まどさんの語るまどさん」を知りたい。その思いにすがったのです。 「聞き書き」という方法で構成した一冊『野に遊んだ子らへ』を、私が初めて書き上げましたのは15年ほど前のことでした。それは様々なジャンルの方々33人の子ども時代について伺ったお話をまとめた本です。自分が本当に聞きたいと思う人たちのお話を、直接耳にすることの喜びと、それを文章にする不安とが絶えずありました。その人にいかに寄り 今回は、まど・みちおという一人の詩人の語る世界だけを、その子ども時代のいちばん古い記憶から今日までを、ひたすら追ったことになります。やはり、あの「喜びと不安」はいつも付きまとい、まるで綱渡りするような気持ちで、手さぐりし続けたわけです。 幾度となく、まど先生に言われたことは、「そんな偉そうなこと、とても言えません」「それなのに、つい、偉そうなことを書いたりしてしまうので怖いのです」「これは、ほめすぎです、はずかしくて困ります」ということばでした。その度に私は自分の気持ちを抑えて削ったり、修正したりしました。「できるだけ、シンプルなことばで、分かりやす それでも、どうしても最後まで削ぎ落とせなかったのが、「いのちと時間を詠み続ける詩人」という実感です。「いのち」についての話のなかで、第2次世界大戦をくぐり抜けてきた先生にとって「戦争と平和」とはどう思われるかを伺おうとしていた矢先、ニューヨーク同時多発テロが起きたのです。 「<報復>とは、人間の心を束ねやすいことばですが、それは報復を生むだけです」 現役詩人などと記しましたが、まど先生は、実に適切に厳格に、同時に誠実に著者校をされ、その目に狂いのないことを示されました。このことも私が何より恐れ入ったことの一つです。自己への厳しさと謙虚さとは、実はことばへの厳しさでもありました。 したがって申すまでもなく、この本『すべての時間を花束にして』のいたらぬ部分は、ひとえに、手直ししようもないほど拙い私の文章の責任です。さらに言えば、頑固な私にまど先生が呆れて諦められた結果です。 また、各節の冒頭に聞き手としての私の一文がリードふうに入れてあります。本来、聞き手は黒子に徹すべきと考えておりましたが、編集部のご意向もあり、あえて挿入させていただきました。私自身の「まどさん」を観る眼差しが「まどさんが語るまどさん」の姿を合わせ鏡のように写し出して、より鮮明にしてくれればと恐れ多くも考えたのです。と いずれにしましても、この本には書き下ろしの新作「うめが さけば」をはじめ13篇の引用詩と、まど先生が主に1960年代に描かれた140 枚に及ぶ抽象画の中から、9 枚をほぼ原画に近い色合いで収めることができました。まどファンのみならず、ひとりでも多くのかたに楽しんでいただければと思います。 本の表紙をお願いした長新太先生は、「まどさんの絵を表紙にしたら?」などとおっしゃりながらも、快く引き受けられて、この本のタイトルと響き合う美しい絵を描いて下さいました。感謝を込めて申し添えます。 〔かしはら・れいこ/プロフィール〕 |